8/6の朝にセミの泣く声を聞くと、いつも思い出す映像がある。
恐らく幼い頃に見たテレビドラマなんだろうけど、森繁久弥さんの顔がアップされて
その直後ホワイトアウト、そして瓦礫の中ではいつくばってるシーン。

原爆に関するドラマだったどうかは定かではないけども
あのホワイトアウトは炸裂した原爆の光を表していたのだと思う。
それを見たのがいったいいつ頃なのかも定かではないけど。

家族みんなで朝ご飯を食べた後に70年目の空の下で行われている平和記念式典を見る。
5歳の長女は最近、意味はおぼろげなんだろうけど「死」という言葉を口にし始めている。
テレビを見ながら「この人達は何してるの?」という問いかけに対して、
僕はまだ明確に説明が出来ない。

自分があの「太平洋戦争」に興味を持ったのは小学2年ぐらいの事だったような。
「宇宙戦艦ヤマト」で戦艦というキーワードを知り、そこから図書室で手にしたのが
「戦艦武蔵のさいご」という本だった。

この本を手始めに図書室にある、太平洋戦争関連の本を読みあさった。
その時に広島の原爆の写真なども初めて目にしたような記憶がある。

そういえば広島出身の嫁さんから聞いた話で驚いたのが
「8/6は夏休み期間中だけど登校日だった」という事。
8時15分(原爆炸裂時刻)に黙祷をささげてからスライドなどを見たという。

大阪の小学校ではそういう事はなかった、という話をすると嫁さんも驚いていた。
僕が小学校の頃は平和教育というよりも道徳の時間に「にんげん」という
解放教育副読本が使われていた時代。
1970年初頭からの大阪府ならではの事情、の真っ最中にいたという事です。

2015年現在、広島市内の小・中学校は2006年に広島市教育委員会が
「平和登校日」とする通達をして、現在では登校日に統一されてるとか。
(今までは学校側の判断に任せていたそうで)
そして大阪でも「にんげん」の配布は2008年で終了しており、
自分達が子供だった頃とは色々と変わっている。

広島市は記念資料館の展示内容を「実物展示にこだわる」という方針から
あの等身大マネキンを撤去する事を決定しており、これに対しては
反対意見が9割以上なのにも関わらず未だに覆されていない様子。

広島市の公式声明はこちら。
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1371543633862/index.html

色々な事情が絡むのは仕方ないけど、教育というものに
大人の事情を介入させすぎるのはあんまり頂けないなあ、と思う。

その為に親が子に対して何が出来るのかという事を考えた時に
「親も常に勉強をし続けなければならない」という結論に至るわけですね。

黙祷中にまだ意味がわからないチビ達のはしゃぐ声を聞きながら
この意味がわかるのはいつの事だろう、という事を考えていました。