「あのさー、今日○○ちゃんと遊んでたらさー、先生がー」

帰宅すると饒舌に今日保育園であった事を話す娘(5)。
楽しそうに話しているけども違和感が。

あのさー
遊んでたらさー

「・・・・・・えーと、その『あのさー』ってみんな言うてるん?」
「うん」
「・・・・・・」

大阪に生まれ育って45年。
地元の女子がこの手の話をしている風景と言えば

「あんなー、今日○○ちゃんと遊んでたらなー」

である。
なんだその東京かぶれチックな言語感覚は。
関西弁女子といえば一部からはカワイイとして一定の評価があるというのに。
なぜその「生まれ育った場所で会得するネィティヴ感」を捨て去ろうとするのだ。

と言う事は追加で話をする時は「それでさー」と言うてるのやろか。
そこは「ほんでなー」でしょ。「ほんでなー」。
「そんでなー」でも可。

「それ、『あんなー』にせえへん?あんまりかわいくないぞそれ」
「いや。」
「(´・ω・`)」

まあ、これは親の、いやおっさんのエゴというもんであろう。
言葉というのは時の流れと共に変わっていくものであるのは歴史が証明している。
この大阪での言語変化は大阪検定の公式テキストとして指定されてる
「大阪の教科書」でも詳しく書かれている。

それを目の当たりに出来る、というのもまたヨシとしましょうか。
・・・・・でもなあ。「さぁ」はなんかカチンとくるんだこれが。

この曲のギターは好きやけどね。