ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

炊飯 ― IH調理器具に翻弄されながら芦田川の景色に癒される

May 04 2019

広島県府中市2日目。
起床した瞬間からIH調理器&鍋で無洗米を炊く、というミッションに挑むも今度はべちゃべちゃのご飯が(´・ω・`)
ぬああああ、火が見えないってこんなにも使い勝手が悪い事に気付く。
色々とネットで調べながら水加減や火加減を調節したのになあ。

子供らに「ご飯が固い」とか言われながらも朝食終了。
二人が小さい頃、よく遊んだ子供広場「POM」がリニューアルされているとの事で出かけてみる。
子供らはすでにリニューアルしてから遊びに来た事があるらしいのだが自分は初めて。

ボルダリング施設なども増えていてますます遊べるようになってました。
さすがはゴールデンウィーク、朝から親子連れでいっぱい。
2歳の娘がここでおもちゃの野菜を切って遊んでいたのをぼんやりと思い出す。

良い意味で全く変わらない芦田川の景色。
年に数回しか来ないせいか、細かい所が変わったかわからないだけかもですが(笑)

昼食の時間になったので恒例の「古川食堂」にて府中焼きを食す。

そば肉玉500円。昭和34年創業のこのお店は立派な老舗。
今回は継ぎ足しまくって真っ黒になってるおでんは食べずでした。

昼食を食べてからは叔父さん一家が住む町、世羅町(旧甲山町)へ。
予定より早めに着いたので、今高野山(龍華寺)に登ってみる事にする。

高野山といえばの丹生神社はやはりここにもありました。

ここを出て叔父さん一家、そして義祖母(今年94歳!)と久しぶりに会う。
いつもいつもゆっくり出来ないのが申し訳ないのだが、本日も1時間ほどの滞在で一旦府中市に戻る。

さあ、夕食タイム。
もう一度鍋で飯を炊かなきゃならぬ。
無洗米は水加減を1.2倍~1.5倍に、そして沸騰するまで10分の火加減でスタートすれば良いらしい。
3度目の正直。なんとか子供らにも「マシになった」とのお言葉を頂けました。

それにしてもいかに普段、炊飯器という文明の利器に助けられるのかがわかる事案ですわね。
ご飯がどういう原理で炊き上がるか、というプロセスを知っておかなければいざと言う時困るから研究せんといかん。

夕食を食べてから全員風呂に入り、そのまま大阪に向かって走る事に。

今回から導入したAZR60G専用のエアマット。
バルブを開くと自動的に空気が入って膨らんでくれる優れモノ。
(その反面、畳むのがなかなか苦労する)

AZR60G(8人乗り)ヴォクシーはフルフラットにしてもかなり段差があるのですが、このマットかなり厚みがあるのでほぼ違和感なしに横になれます。
枕と毛布を持ち込めば寝台車に。

帰りはのんびりと国道2号線を東へ。
いつも出ているダブルキングカフェのすぐ側を走り抜けて、国道372経由で帰ろうと思ってましたが
Google先生が「20分短縮出来るルートがあります」と。

・・・・・・それに乗っかるべきではなかった。

案の定、府道や住宅街を走り抜けさせられ、気がつけば前にも走らされた裏六甲へ着いてました。

もうここから国道176線を通るのに心折れまして、神戸北ICから新名神高速道路へ。
宝塚北SAに着いたのが午前3時でした。

このままここで仮眠する事に。
ああ、長かったゴールデンウィークもいよいよ終わる。

連休 ― 追われるのは「食事」。合間を縫って瀬戸内海へと

May 03 2019

十連休!と喜んでいるのはきっと子供らだけ。
こちとらカレンダーや行事通りにはお休み出来ないジジョーのお仕事。
まずは家に居るタイミングが合っている者がメシを作らなければならない。

ついこないだまで、新一年生の長男の給食が始まらなくて右往左往してたのがまた再現される。
もんじゃ焼き焼いたりパスタ作ったり、外食に連れてったりああもう大変。

そんな中、3日間だけ家族で休みを合わせて夜中に広島県へ。
車がヴォクシーになってから初めての西への移動は新兵器「エアマット」を導入したので、後部座席がフルフラット状態で寝れるようになった。

なので、毎度いつもの佐木島へと。

相変わらず佐木島にある小屋は井戸水の普及の目処は立っていない。
なので、三大インフラの内使えるのは電気のみという状態。
水が出ない、というのはやはりどうにもならぬ・・・という事でここでの宿泊は今回はしない。

ちょいと頑張れば泳げそうな天気ではあったけども、さすがにこの時期はシャワー施設も何も使えない(笑)

小屋の内部の掃除、周りの草刈りなどをして過ごす。
昨年の平成30年7月豪雨以降、井戸の復旧にはそれなりのコストがかかりそうなので保留のままだ。
まず井戸を掘りなおして、水が出るようにした後に風呂の改修を行って新たなボイラーを設置しなけばならぬ。

・・・・・まずは自分の家の中すらも手を付けてない所があるからなあ・・・難しい。

夕方17時のフェリーで島を脱出。
嫁さんの実家は今長野のペンションを義母が手伝っているので無人である。

食事は台所を使わせてもらえばいいよね、と無洗米を買って持っていったんだけども
その炊飯器を長野に持って行ってる、という事が判明。

ただでさえIH調理器は苦手な上に、鍋でご飯を炊かなければならなくなった。
最初は強火よねー、と最大にしたら一瞬にして沸騰して米が真っ黒に・・

火が見えないというのはここまでわかりにくいものか、と固いご飯を食べた初日の夜でした。

平成 ― When I was 17,1989

April 30 2019

昭和、平成、そして令和と渡り歩く人生の旅路。
個人的には今回の令和ってあんまりピンと来ないというかぼーっと迎えてる気がする。
所詮ただの月末やん、という今だ馴染めぬハロウィーン騒ぎみたいなもんですわね。

ふとExcelを起動してセルに「2019/5/1」と入力。
「セルの書式設定」にて和暦に変更してみたら「平成31年5月1日」と表示されるのを見て
「あー、いつまでもOffice2007じゃあかんかなあ。そろそろGoogleに乗り換えるかぁ?」という令和元年の夜更け。
(Office2007はサポートが終了している為にパッチは配信されないのだ)

Web制作の仕事を始めた頃にちょうどあの「2000年問題」に遭遇したせいか、そういう部分ってきっと面倒くさくて大変なんだろうなあ、とぼんやり思う。
日本の文化として元号は残るのは構わんけども、こういう部分での融通が利くようになりゃいいのになと思うわけです。
実際、自分も役所とかの書類を書く時に子供らの誕生日は思い出せても「平成何年生まれだっけ」って一瞬悩むぐらい。

そんな自分が平成を迎えた時、ちょうど17歳でした。
「平成」という言葉、そして時代が変わる感はきっと今以上に輝かしく、そして期待に満ちてたのかな。
詳細は忘れましたが、その時組んだ1回こっきりのバンドに「○○○平成元年」って付けてた気もする(笑)

あの「大喪の礼」の当日。1989年2月24日。
恥ずかしながら私は化学のテストが赤点で学校で補習を受けておりました。
天皇崩御に喪に服すどころか己の進級の方がとっても大事なので、いそいそと学校に行ってたわけです。

その時に見た光景が、なんや校長が日本の国旗を掲揚して校長室に立てこもった、と。
そしてその校長室の前にズラリと並んだ先生達が「出てこい!!」っとエライ騒ぎになってまして。
いつもは見る事のない先生達の鬼気迫る表情は未だに強烈に覚えております。

補習を受けてた先生はどうやらその輪の外にいる立場だったみたいで他人事の様に
「大人になるってのはああいう側面を持つ事やしな。今日は君にとってラッキーやな、ああいうの見れて」
と、「色々あるんやで」的な物言いだったのが印象的です。

あらゆる物が「自粛」という名の下に自主規制されてたのもぼんやりと思い出す。
テレビはCMを取りやめたり、セフィーロのCMの井上陽水の「お元気ですか~?」が口パクになったりするわ、あらゆるライブやイベントが中止になるわで、今思えばものすごく困った職種の人もおったやろなあ、と。

1989といえば、その大喪の礼から約1ヶ月後に・・

これがテレビで流れ出しましたな。
Complexデビューシングル「Be My Baby」の発売日は1989/4/8。
この下アングルからの固定カメラ、白バックのみのPVはあまりに斬新でシビれました!

1989年の邦楽年間ヒットチャートは
https://nendai-ryuukou.com/1980/song/1989.html

プリンセス・プリンセスの「ダイヤモンド」を筆頭に工藤静香が荒らし回ってたのも覚えてます(笑)

ふっと思えばあれから30年。
色んな物や人が過ぎ去って、色んな物や人がやってきた。
形になったり、ならなかったり。壊れてしまったり、奪われたり、忘れてしまったり、忘れられたり。
幸い出来るだけ能天気でありたいと心がけたおかげか、楽しかった事だけが残っているような気もする。

平成というくくりの中で何が一番印象的でしたか、というテレビニュースの問いかけには「これです」と明確に答える事は出来ない。
普通に言えば平凡、悪く言えば凡庸。
良いか悪いかはわかりませんがそんな30年であったならまあ良いかなと。
「明日はなんぞ今日よりはマシになってるかも知れぬ」という積み重ねのその明日がたまたま「令和」と呼ばれる日になるだけ、みたいな感覚で3つめの元号を迎えましょうぞ。

再来年には50代になるのも自分でも驚き。しかし卑屈にならずオープンマインドで。
素直に若者を心から応援出来るおっさんになりたいと願うばかりだ。
自撮りをSNSにアップしても若者達の様には「いいね!」が全くもらえない代わりに、セクシーショットには誰よりも早くマッハな秒速でいいね!する所存である。
それがイッツマイ応援スタイル。その代わりセルフいいね!だけは絶対にしない。

もしかしたらあの職員室の前で見た鬼の形相の先生みたいな顔になってる時もあるやもしれませんがね。
まあ、大人になればね。色々あるんやて事も今ではわかる気もするんだけども、ああいうのはちょっと。

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