ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

人が「それ」に至るまでの心理

October 20 2011

僕が好きなサイトに「無限回廊」というものがあります。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/m.htm
このサイトは1930年から日本、もしくは海外で起こった主な殺人事件を
テキストのみで紹介するサイトなのですが、犯人の生い立ちなどを細かく書いてあるのが
僕の好奇心を満たしてくれます。

事件そのものにも興味がありますが、それよりも
なぜ犯人はそれをするに至ったか」という部分が一番興味あるのですね。

高校生の頃、深夜付けっぱなしのテレビから流れていた映画「丑三つの村(主演:古尾谷雅人)」に
釘付けになってしまった事があるのですが、あの凄惨な映画が
まさか本当に起こった事件を題材にしてるとは思いもよらず、
(1938年の「津山三十人殺し事件」を題材にこの作品は作られている)
犯人がなぜここまでの狂気をためこんだのかに興味がわくのです。

人は100人いれば100通りの考え方があり、絶対に他人にはわからない部分がある。
その部分を知る為には、その人がいかにして過ごしてきたかを知るのが
一番手っ取り早いのではないか、と僕個人は考えています。

自分では絶対理解できない事が、相手にはそれが普通だったりすると
もはや会話もなりたちませんが、相手が生きてきた痕跡を少しでもたどれば
なんとなく対策は立てれるかも知れません。

最近の事件では、ブログなどの文章が残ってたりします。
世間を震撼させた去年の2幼児遺棄事件の母親、下村早苗容疑者のブログは
未だに残ったまま、誰もが閲覧出来る状態になっています。
http://ameblo.jp/sakurakomaman/
(このブログを閉じないサイバーエージェントもある意味すごいな、と思いますが・・・)

最近では「犯罪予告」と称して、前もって掲示板などに書き込む場合もあり
このネットという空間には様々な狂気が潜んでいる気がします。

吐き出された文章というものは、やはりその人の性格が宿ります。
言ってる事が極端にコロコロ変わる人の文章は、やはり支離滅裂な部分もあるし
思い込みが激しい人の文章は得てして攻撃的、かつ詩的な構成が多いです。

色々な所をぼんやりと見て回っていておもしろいな、と思うのが
なぜ人は恋愛、それも「人に言えない」ものをブログに書きたがるのでしょうかね。
こういうのは得てして女性がほとんどなんですが
「ダンナも子供もいるけど恋する女でいたい!」みたいなプロフ文章書いてる人って
不倫相手とデートした事とかを普通に彼氏と~とかつらつら書いてたりします。
これってもしバレたら立派な証拠になると思うんですが、そこまで頭がまわんないんですかね。

そもそも「秘め事」を公開するって思考が全く理解できないんですけども
これに至る心理って一体どんなもんなんでしょうかね。
一番かわいそうなのはこんな脳内お花畑の周りにいる人間全てなのでしょうけど。
またこういう人間に限って、「これが私らしい生き方」とか社会的・道義的責任など
モノともしないド阿呆な開き直りを見せるから本当にいたたまれない。

人が「それ」に至るまでの心理。
こればっかりはやはり他人には計り知れない物なのかも知れません。
しかし、残された文章を読むことである程度は理解できる。
デジタル、そしてクラウド化されていく世の中、
たとえその作者が死んでもずっと残ってしまうので、
ある意味、僕みたいな出歯亀趣味を持つ人間にとって良い時代なのかも知れませんね。

幼児とデジタルデバイスの付き合い方を考える。

October 16 2011

娘もあっという間に1歳3ヶ月になりまして、ヨタヨタと家の中を走り回ってます。
「これはいやー!」などの自己主張もするようになり、
耳をつかんで「みんみー」、目を指さして「みんみー」と「め」と「み」の中間音を発するなど
なかなか楽しませてくれております(笑)

さて、彼女の最近のお気に入りは

僕のスマートフォン(Casio G'z One IS11CA)と妻のiPod Touch。
特に僕のスマートフォンで撮影した自分の動画を見るのが大好きで
アンパンマンなんぞには目もくれません。常に自分大好き。

ギタリストとキーボーディストから産まれたもんですから
自分大好きナルシストな部分はあっても仕方ないとは思いますが
これは多分に僕に似てしまったせいでしょう(泣)

動画の好みはさておいて、まず驚くのは
ギャラリーで動画のサムネイルを見せると、それをちゃんとタップして
動画再生を始めたり(この時ちゃんと「ピ!」って声を発する)
動画が気に入らなければ、きっちりとスワイプして早送りしよるんです。
「こうするんやで」と教えたわけでもないのに、親がするのを見てるんですね。

最近ではスマホを強奪されたり、動画を見せないと泣き叫ぶなど
どんどん依存度が高くなっている様子。
「こんな小さい時からこんなもん持たせて大丈夫なのかなあ・・」と心配になります。

かくいう自分がこういうデバイスに触れたのは11歳の頃でした。
NECから出ていたPC-6001というパソコン(当時はマイコンと言ってた)が最初。
それからすぐに任天堂のファミリー・コンピュータが出ましたので
もうけっこう大きくなってからこういうモンに触れてた様子。

それにしても1歳少しの幼児が片手でスマホを持って、右手でタップしてる光景は
ある意味恐ろしいものがあったりします(笑)

さて、検索してみるとギズモードにこういう記事が。
「iPhoneやiPadを使わせると幼児の発育には深刻な影響がある? 賛否をめぐって大激論!」
http://www.gizmodo.jp/2010/12/iphoneipad_3.html

やっぱり米国でも同じように思っている人がたくさんいるようで(笑)
これはでも事例がないからどうなるかなんてわかりませんよね。
僕等が子供の頃、ファミコンばっかやってるのを見てオカンが同じように思ってたのかも。

個人的には取り上げるような事はしたくないです。
どうせなら色んなモンをガスガス使いこなして、ある程度大人になったら

「おとうさーん、パスワード変えてないからサクっとroot取ったからね♪」とか
極端な方向に行ってもおもしろい気もしますね。

常に試行錯誤、それもまたたのし。

夜更けに今井美樹を語ってみる

October 12 2011

僕は今井美樹というヴォーカリストが大好きである。
いや、大好き「だった」と言うべきか。

彼女のデビュー曲である「黄昏のモノローグ」を聞いた高校1年の時から
すべての曲を追ってきたいわば「おっかけ」みたいなもんなのだ。

彼女の透明感あふれる声は日本女性の中では類い希なるものだと思うし
色んな物語を歌っても、どこか無感情というか
「語り部」としての立ち位置をキープしているために
泥臭さが全くなく、作家陣の良質な曲とミックスされた時に
なんとも聞き心地の良いポップスに昇華するのである。

彼女が1988年に出したクリスマス企画アルバム「fiesta」は
1曲以外、全て洋楽のカバーという隠れた名盤なのだけど
「Feel Like Makin' Love」とか「Superstar」などを完全に自分の物として
消化しているのは驚嘆に値する。

特に3枚目のアルバム「Bewith」から参加しはじめた作詞家、岩里祐穂と
作曲家の上田知華、柿原朱美両名とのタッグはなんとも最強の楽曲群。
(「Piece of my wish」は作詞:岩里祐穂、作曲: 上田知華 、編曲:佐藤準の制作)

1991年に発表されたアルバム「Lluvia(ジュビア)」は
この制作陣が頂点を迎えた時期の作品で
シングル曲が1曲も収録されていないにも関わらず、捨て曲なしの超お気に入り。
演奏陣も一流で、気持ちよい16ビートの「SATELLITE HOUR」から
グッとアルバムの世界感に引き込まれてしまうのだ。

しかし、1992年。
彼女の制作陣に大きな変化が起こる。
現在の夫であるギタリスト、布袋寅泰氏の参加である。
(僕個人はBOOWY世代なので布袋氏の事は大好きです。念のため。)

結婚に至るまでの経緯は皆さん、知るところであるが
ここではあえて細かく触れることはしない。

当時、布袋氏は山下久美子と夫婦関係にあったのだが
彼には「嫁、(もしくはお気に入りの女性)の仕事場に介入」という
悪いクセ(?)があるようで、山下久美子の作品も
すっかりホテイ色に染まり、挙げ句の果てにはライブツアーにも参加していた。

しかし、元々「総立ちの女王」と呼ばれた山下久美子の作品には
布袋氏のカラーは非常にマッチしたようで
「1986」「POP」「Baby Alone」のいわゆる「ホテイ三部作」は
聞いててとてもかっこよかった。

当時、「ACT RESS」と「Stop Stop Rock'nRoll」という
2枚のライブアルバムを残しているが、これは日本の「ロックライブアルバム」の中では
名盤と呼んでもいいほどのクオリティだと個人的に思う。
特に「ACT RESS」の1曲目「Why?」の古田たかし氏のドラムは鳥肌が立つほどカッコイイ!

話を今井美樹に戻す。

布袋氏は7枚目のアルバム「flow into space」から作曲家、ギタリストとして参加するのだが
ここではまだ「出入り業者」という関わり方だったようで
特に目に見えるような仕事はしていない。

しかし事情は次のアルバム「A PLACE IN THE SUN」で一変してしまう。
今までのアルバムで全てのアレンジを手がけていたに等しい佐藤準が
制作スタッフから外れ、布袋氏がプロデューサーという立場で参加しはじめるのだ。

それでもこのアルバムは全曲のアレンジが布袋氏ではなかった。
坂本龍一が2曲編曲で参加しているのが、このアルバムで目を引く所。
(その2曲「Martiniqueの海風」と「海辺にて」は、まさにサカモト満開でかっこいい)

シングル「Miss You」の布袋氏のギターソロでもものすごく違和感を感じたが
アルバムの布袋氏担当曲、「sweet love, sweet pain 」を聴いた時に
まさに僕は落胆してしまったのである。

このヴァネッサ・パラディスの「Be My Baby」の模倣としか言えない曲は

今までの今井美樹ワールドをまさにぶちこわすほどの破壊力があった。
これを山下久美子に歌わせるのならまだよかっただろう。

そして続くシングル「Ruby」で僕はもう今井美樹を聴くことはないだろうと思った。

彼女はこのシングルから「語り部」である事を放棄してしまったような気がする。
自分の情念をモロにヴォーカルに反映させ始めたのである。

私生活がどうたらとやかく言うつもりはないし、正直どうでもいいのだけど
こういう押しつけがましい世界感を彼女の歌世界に求めていたわけではないのである。
なんとも聴いてて暑苦しさがあるこの曲はいまだに苦手。
もちろん、表現者としては新たな事に挑戦するのは素晴らしい事なのだけど。

そして続く「PRIDE」は作詞作曲も布袋氏が担当。
ドヤ顔で「わたしはいま~♪」とか歌っているのを見て、
正直苦笑するしかなかったのを覚えている。

そしてその後布袋氏は、山下久美子と正式に離婚した後、今井美樹と入籍。
今ではもう「2個イチ」で語られる存在になってしまっている様子だが
肝心のアーティストとしての今井美樹はすっかり布袋ワールドに浸食されてしまった感がある。

前妻、山下久美子が「ライブにダンナのファンばっかり増えて複雑だった」と
語っていた様に、今井美樹もさすがに危機感を感じたのか
最新アルバム「corridor」は編曲を自分のバンドのキーボーディストに委ね
夫の布袋氏の楽曲を1曲も入れずに制作している。
(過去の楽曲のリメイクも含まれている)
これは6枚目のアルバム「Lluvia(ジュビア)」以来、なんと17年ぶりだったが
これから彼女がこの方向性で活動をしていくのかが注目である。

山下達郎・竹内まりや夫妻は、お互いの趣味を掘り下げるような制作をし
豊富な知識量に裏打ちされた良質ポップスを生み出している。
正直、布袋氏は彼女の「ダンナ」としてはいいのかも知れないけども
今井美樹というアーティストの良さをあまり生かし切れてない気がするんだよなあ。

私生活を歌世界に反映させるというのも、その人の表現方法には違いない。
しかし僕個人はそんな今井美樹は聴きたくないのであります。

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