「どうしてもドライブに行きたい」と声を荒げて彼女は僕にそう言った。
夕方を過ぎてからの申し出にとまどいながらも、そんな約束がなかった件について僕は
「完璧な約束なんてものは存在しない。完璧な人間が存在しないようにね。」
と彼女に告げたのだけれども、彼女の顔には何か特別な表情が浮かんでいた。
「あなたって変わった人ね。まるでアン・・」
「あるいは」と僕は彼女の会話を遮った。彼女がそれについて語り出すと
とめどなく時間だけが流れていくことが経験でわかっていたからだ。
「とにかく話をしている時間がもったいない。とりあえず外に出よう」
彼女の手を引いてドアを開けて外に出るとすでに太陽は沈み始めていた。
汗ばむ程の夏の熱気はまだ辺りを支配していて、僕は少しだけ汗をかいた。
彼女は僕の流れる汗を見て少し困っているようでもあったし、
迷っているようでもあった。
車までの距離がもどかしく感じたけれど、実のところどうでもよかった。
「ねえ、誰かが言ったよ。ゆっくり歩け、そしてたっぷり水を飲めってね」
「わかってる」
「なかなかうまくいかないものね」「なかなかうまくいかない」と僕は言った。
彼女は少し首をかしげるようにして僕を眺め、そして静かに微笑んだ。
やれやれ。僕は頭を振った。まずはこの次の事を考えよう。
車が闇を縫って走り出した時 ― すでに走行にライトの点灯が必要だったけれど
「雨になるかしら?」と彼女はフロントウィンドウを指でなぞりながら言った。
僕はハンドルを切りながら「まだ大丈夫だろう」と空を見上げながら言った。
「ちがうのよ。私が言ってるのはあなたの気分が変わるように
この空も機嫌が悪くなって、そしていずれは地上に雨が降り注いで
川になって私たちをも飲み込んでしまうんじゃないかって事なの」
僕はもう一度空を見上げた。ワイパーのスイッチに手をかけながら。
「そうなってしまうのもいいのかもしれないね」と僕は言った。
もしあの時、彼女の話を遮ってしまっていたとしたら ― きっと頭がおかしくなって
しまったんじゃないかなと思った。
初めて来たわ。夜の伊丹スカイパーク。
娘は初めての夜のお出かけにたいそうゴキゲンさんでした。
言い出したら聞かない5歳児のパワーをこんな感じに脳内変換。
そういえば長い事読んでないな、村上春樹。