ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

風景 ― まだ見ぬ、そしてもう見れぬ風景の美しさ

October 16 2020

以前書いたシネマコレクション by KADOKAWAのお話ですが、結局課金して引き続き初期角川映画を見る事にしました。
どのお話もなんか薄味やなあ、と思いつつも娯楽映画やと割り切ればそないに腹も立たぬ。

ストーリーよりも1980年代に撮影されたものばかりなので、ロケに使われた場所の美しさに感激する事が多いのです。
40年という月日が流れると、さすがにロケ地に使われた場所の風景もほぼ失われてる事でしょう。
自分が子供の頃に見ていた風景がすっかり変わってしまったのと同じやね。
画面の中の看板に使われてるフォントに時代を感じると同時に、子供だった故に足を運べなかったもどかしさ等が蘇ってきたりね。
ああ、これっていわゆるおっさんのノスタルジーなんでしょうな(笑)

ちょっと歪んだ映画の楽しみ方なのかもしれませんが、見た映画をざっくりと書いてみましょ。

野獣死すべし(1980)

大藪春彦の小説は「蘇える金狼」の上下巻を読んで、その後に映画も見ましたが、映画になるとどうもイメージがなあ・・・という感想でした。
この「野獣死すべし」も大藪春彦原作の主演が松田優作。
どうなんやろね、と思いながら見始めたけども、松田優作の演技が過剰過ぎる感じがして見ててちょっと引く。
それよりもアフロの鹿賀丈史の方がインパクト大。

その鹿賀丈史が用心棒?をしていたお店の雰囲気がすごく良い。

ネットで調べてもこのお店のロケ地がどこなのかはわかりませんでしたが、このソファー、そしてスツール。
段違いのアルファベットネオンなどなどええ雰囲気です。
「ヨコハマBJブルース」では横浜の伝説のディスコ「LINDY」がロケ地で使われてましたが、このお店も横浜っぽい雰囲気がしますね。
今も残ってるのかなあ、このお店。

映画自体はなんやようわからんラストで消化不良。ま、あんまり好みではなかったという事で。

野生の証明(1978)

この映画はやっぱり主題歌の「戦士の休息」、そして健さんの存在感(笑)
野暮ったさ満開の薬師丸ひろ子が初々しくて良かったですね。
少しだけミリオタの自分としてはなんでそんな戦車が自衛隊に配備されとるんだ、という事が気になります。
ラストは健さんが死体になった薬師丸ひろ子を背負って戦車と歩兵の大軍へ突っ込んでいくという、ああやっぱりねという感じ。

戦国自衛隊(1979)

自衛隊続きでこれも鑑賞。
自衛隊が戦国時代にタイムスリップする、という筋書きはとても好み。
主演の千葉真一率いるJAC(ジャパンアクションクラブ)らしさがたっぷり盛り込まれてて見てて飽きませんでした。

それにしても「組織の中の何考えてるかわからんヤツ」を演じさせたら渡瀬恒彦はハマリますわ。。

汚れた英雄(1982)

主題歌「ライティング・ハイ」は昔から知ってて演奏もした事ありますが映画は未見。
自身がバイクに何の興味もないので、冒頭のレースシーンは「ふーん」という感想しか(笑)
しかしこの映像、今ならCCDカメラなどすごい小型化されてて撮影も容易やと思いますが、当時はそれこそ村西監督が肩に担いでたようなデカさのカメラやと思うんで大変やったやろな・・・と。

あと、主人公(草刈正雄)が住んでる部屋が現実感なさすぎて逆に笑いました。

これはどこのコムサですか?みたいな。あと地下にプールもあるんだぜ・・・・

主題歌「ライディング・ハイ」は何回も劇中で流れるので「おいまたか!」って思ってしまいました。
ここぞ、という時に一度だけ流れるのが効果的ちゃうん、と思うほど流れるので逆にもったいない。

ラストはテロップで「世界戦に進出した主人公の成績」が流れ出すんですが、案の定途中で死にました。
死亡フラグの定石をきれいになぞったエンディングでありました。

バイクが好きな人はきっと面白いんやと思います、この映画。

友よ、静かに瞑れ(1985)

今回見た中ではこれが一番好きでした。
80年代の沖縄が舞台なんですが、今は辺野古の基地問題で揺れてるキャンプ・シュワブ周辺がロケ地です。

このまるで「ブレード・ランナー」みたいな現実感のない風景!

ちなみにGoogleストリートビューでは現在はこんな感じ。

まだ正面の「QuickStop」というお店は残ってるみたいですね。

この映画、びっくりしたのがPERSONZのボーカルのジルが出演してた事ですね。
PERSONZのメジャーデビューは1987年なので、それまで女優として活動してたのかな。

こんな感じでまだまだ角川映画を楽しめそうです。

椅子 ― 16年ぶりとなる作業椅子買い換え~ゲーミングチェアがやってきた

October 14 2020

「朝起きたら、男の態度が変わってた」とは懐かしの小林万里子さんの歌ですが、
我が家に起こった事と言いますと、朝起きたらオフィスチェアのガスシリンダーが死んでました。

お前、ついさっき(寝る前)まで普通に動いてたやん・・・って思っても
こういうのはいきなり訪れるもんでしてね。
座面がもう一番下で固定されてしもてから、小学校2年の長男にちょうどいいサイズ。
これはもうね、家では仕事になりません。

この椅子、一体いつ買うたんかなと過去ブログを漁ってみるとなんと2004年6月18日。
もうあれから16年も経ちますか(笑)
そういえば座面のウレタンもだいぶと削られてる気がせんでもない。
もはやなんというメーカーか忘れましたけど、まあまあ気に入っておりました。
前回もネット通販で購入したようですが、確か5万円ぐらいしたような。
安い椅子を使ってた独立当初は何度も腰を痛めましたからね。
やっぱりええ椅子、というかランバーサポートがきっちりしてる椅子にせんとアカンと。

とはいえアーロンチェアとかそういうモンをドーンと買う気にはならんのです。
自宅兼、仕事場はやはりある程度の遊び心がないとねえ、っていう感じ。

あの頃はなくて、今あるジャンル。
それはゲーミングチェアというジャンルです。
2010年辺りから色んな家具メーカーが参入してきて、今は一大ジャンルを築いています。

それこそ上から下まで値段はピンキリ。
今回はもう3年ぐらい持てばいいか、とまずは2万ぐらいのもんで物色。
本当はちゃんと実物を見て、座って選びたかったんですがちょいとそんな時間は取れそうになくて今回もネット通販。

ちょうどAmazonプライムセールと重なってて、選んだのはGTRACINGのGT909-RED。

23,800円がプライム限定セールで17,850円。そして翌日配送。
今回こだわったのは座面の高さが前の椅子よりも高く設定出来る事でした。
早速組み立てて見ましたが、色々ザッツいなあと思う所もしばしば(部品のハマリ具合が甘い等)。

前の椅子はアームレストが前後にも可動したんですが、これは上下のみ。
しかし、ビス留めの部分は2本は使えそうなので前の椅子から移植しても良さげかな。

組み上がって座った感じは腰の部分もしっかり固定されるので問題なさげ。
ま、この値段ならば3年持てば良い方ですかね。

長男がこれを見て「あ!これ僕の椅子と同じ!」と。
なんのこっちゃと思ったら、過去に買ったタカタのジュニアシートと同じカラーリングでした(笑)

TAKATAのISOFIX対応ジュニアシートを再度購入しました

このコックピットに座って、頑張ってお仕事しましょうかいね!

角川 ― それは差し替えたらアカンやつですわ~「悪霊島」

October 09 2020

シネマコレクション by KADOKAWA加入者特典として1981年の「悪霊島」も見ました。
この映画、実は過去にVHSビデオで一度だけ見ています。
映画が見たかったのではなくて、ビートルズの「レット・イット・ビー」がどんな使われ方をしたのがが気になったのです。

この映画はビートルズの「ゲット・バック」と「レット・イット・ビー」が使用された事で話題になったそうで。
なったそうで、という書き方をするのは当時小学5年生だった頃の自分はビートルズを知らなかったから。

思い出の時系列を整理すると、自分が洋楽を聴き始めたのは1980年初頭。
ザ・ナックの「マイ・シャローナ」、キッスの「ラヴィン・ユー・ベイビー」、スーパートランプの「ブレックファスト・イン・アメリカ」を親戚の兄ちゃんに聴かせてもらったのがきっかけでラジオを聴き始めました。
いわゆる、その当時の流行モンだけを追っかけてるってやつですね。

ポール・マッカートニーはちょうど「カミング・アップ」をシングルとして発表した頃。
そして12月、ラジオから「スターティング・オーヴァー」が流れまくって、ジョン・レノンが射殺された事を知る。
しかし、この2人が10年前までビートルズというバンドをやっていた事を知らなかった。
それがどんな大事件だったのかも全くわかりませんでした。
そらー、知りませんもん。仕方ないですわね。

その翌年の1981年にこの「悪霊島」が公開。
角川映画ならではの大量CMが「鵺の鳴く夜は恐ろしい」というフレーズと共に「レット・イット・ビー」がテレビから流れてました。
ちょうどサビの部分がCMで流れてましたし、こういうのも流れていたようです。

この時、こういう怖そうな映画をわざわざ見に行くわけもなく、そのままスルー。
時は流れて中学1年、音楽の授業で「イエスタデイ」を習った時に
「作詞:ジョン・レノン、作曲:ポール・マッカートニー(厳密にはポール1人で書いた曲)」と書かれていたのを見て
「え!この2人って一緒に活動してたんや」とここで初めてビートルズを知る事に。

そしてビートルズのベスト盤で「レット・イット・ビー」を再び聞いた、という流れ。
その時は「あ、これ『悪霊島』のアレやん」というぐらいの感動でしかなかったんですけども(笑)

リアルタイムでビートルズを聞いていた人にとってはきっと複雑だったんちゃいますかねこれ。
今の若い子が氷室と布袋がBOOWYというバンドをやってたのを知らないのと同じ感じなのかな。

この「悪霊島」映画冒頭はテレビニュースで「ジョン・レノンが射殺された」という場面から始まります。
その1980年12月から回想シーンとなって、1969年の事件へと物語が進行していくのですが
だからこそビートルズの曲をそのまま使いたかったんでしょう。

ところがこの「悪霊島」。
ビデオソフトや初回のテレビ放映時はビートルズのバージョンを使ってたのですけども、契約の問題でDVDソフト化する際にカバーバージョンに差し替えられてしもてるんです。
物語途中で流れる「ゲット・バック」はビリー・プレストンが歌うバージョン。

このバージョン、さすがにビートルズと一緒に当時レコーディングしてたビリーだけに「愛がある」カバーに仕上がっていて、劇中で流れても全然違和感はありませんでした。

問題なのはエンディングの「レット・イット・ビー」。これはレオ・セイヤーのカバーバージョンに。

おい、これはアカンやろ。

「レット・イット・ビー」は映画のエンディング、島で惨劇が終わった後でそれぞれの人物が島から去って行くバックに流れます。
濃密な時間を共に過ごした仲間が去って行く際、言葉を交わすこともなく次の場所へ向かっていくというのがビートルズの終焉とオーバーラップするからこそ、「レット・イット・ビー」に合わせてこのエンディングを作ったんやと思うんですね。
特にパトカーの中から古尾谷雅人が「金田一さん!」と呼びかけるも金田一には聞こえずというカットがええんですよ。

冒頭にわざわざジョン・レノンの死亡ニュースを入れたのも、きっとこのエンディングと対だったからこそなんやろなあ。

もうね。自分で勝手に音声差し替えて動画作ったろかなと思うぐらいにこの差し替えバージョンはあきませんわ。
これも大人の事情、ってやつですかね。
当時でも曲の使用許可だけで2000万円近く支払って、CMに使ったらCM使用料も後から請求されたそうで。

きっとこれは元のバージョンはずっと出ないんやろなあ。
あと、曲の歌詞が焼き込みで画面横に出るようになってるのもダメですな。
VHSで見た時は歌詞なんて出てなかったんですけどね。
あれはオンオフ出来る様にして欲しかったです。邪魔ですもん。

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