自分もいつの間にかバンド内で最年長、という事が増えてきて
いわば「若者たち」とのギャップに悩んだり、驚いたりする事も多いのだけど
その若人達とお話をしていると悩みの御相談などもあるわけで。
で、その際にネタとして「とりあえずソープにいけ」と
団塊ジュニア世代の男には定番のホットドッグプレス北方謙三氏のネタを
ついつい言ってしまうわけですよ。
そして「なんスかそれ?」「知らないです」「わたし女ですけど・・・」と
ジェネレーションギャップをものっそ感じる場面に遭遇する、と。
ホットドッグプレスを筆頭とするいわゆる「情報誌」文化は
ネットが主流の今となってはすっかり廃れてしまったのですけども
あの当時はそれこそよく似た雑誌がいっぱいありましたね。
・・・・・女性誌に関しては逆に増えてる気もしますが。
そして、連想して思い出したのが「スコラ」という情報雑誌。
車、オンナを二大柱として、1982年に若年男性層向けに
コンセプト「大人のためのニュースタイルのサイエンス・マガジン」として
創刊された雑誌である。
(1999年に廃刊。その後スコラマガジンとして2010年まで続行)
そういえばそういうのあったな、と「スコラ」で検索かけてみると
まあ、いっぱい出てくるんですよ。古本が(笑)
ちょっと今読んでみるのも面白そうだと思って1冊買ってみました。
1993年4月8日号。
今から23年前の雑誌であるが状態はすこぶる良い感じである。
この渡辺美奈代のメイクにちょっと笑ってしまうのであるけれども
表紙にはアイルトン・セナや稲垣潤一のインタビューだとかなかなか興味深いのもある。
そして「スコラ」と言えば、定番の「オンナ記事」なんだが
「バカだけどセクシーなキミが大好きだ!!」
「誰にも負けないキメ技伝授!SEX勝つための黄金テクだ!!」と
なんともアタマの悪そうな見出しが踊っていて、これはもう興味がそそられる。
まずは1ページめくってみると
今をときめく蓮舫さん。「私、ホントに生意気なんです」
・・・・・23年前に自覚してはりましたか。
そして間に挟まれてるKENWOODのカーステ広告。
こ、これは・・・・自分が一番最初に買ったカーステじゃないですか。KRC-X727!!
もうね。ボタンを押すあの手触りまで思い出しましたよ。
間に挟まれたダイヤルQ2の広告に懐かしさを覚えつつ、
アイルトン・セナと稲垣潤一のインタビューを読み終えて
さあ、例のオンナ記事に突入。
「俺のライバルはアラン・ドロンだな」
アラン・ドロン。・・・・・・まだご存命だそうです。現在80歳。
「俺が今、何をしたいか、わかるか?」
「なーに?」
「その服を脱がして、キミのハダカを見てみたい。全身にキスしてそのあとで
心も体もひとつになりたい」
えーと・・・・ww
「初対面で遺伝子を出せ!!」・・・・・遺伝子って出せるもんなんですか。
23年を経て見ると、勝つためのキメ技どころか、完全に負け戦感満載の記事にしか。
そもそもお前は一体何と戦っているんだ、という話になるんですが
まあ、ある意味バトルではあるよね。よう知らんけど。
もちろんこの後にはベッド上に移っての細かい図解入りのテク講座があるのですけども
Googleさんに怒られるとダメなので掲載はしませんw
ただね。正直何の役にも立ちゃしませんよ、ええ。
この雑誌が世に出回ってた当時から23年。
こんなワタクシにもそれなりの経験がございますので、それを照らし合わせてみても
全くもっていい加減な内容だと思いますぞ。
しかしネットがない当時はこういうのを一生懸命実践してた人達がいたんだろねえ。
そういう人達はあれか。今「LEON」とか読んでる「艶男(アデオス)」なのかな。
「艶女(アデージョ)」相手に毎晩奮闘しているのだろうか。
ちなみに裏表紙は
インプレッサでした。
1993年。
Jリーグが開幕し、ドーハの悲劇があり、街中ではチャゲアスの「YAH YAH YAH」が
流れていたあの頃。
22歳だった自分はいったい何をしてたんでしょうかね。
ずっとやってたバンドが解散してしまい、宙ぶらりんで悶々としてた時で
それこそ次の展開を自分なりに一所懸命探してた頃、だなあ。
遺伝子出すどころじゃなかった気がしますな(笑)
1993年の出来事・流行などはこちら。
http://nendai-ryuukou.com/1990/1993.html
そしてやっぱり1993と言えばこの曲でしょ。