先日、Blu-rayでのきれいな映像に魅せられてしまったので
さっそくAmazonでなにかディスクを買ってみようと思った。
なんとなく持っておきたくなったのが1994年の「フォレスト・ガンプ」。

この映画ですらもう20年も前だと言う事にちょっと驚きを隠せないのだけど
これは恐らく公開当時に見たわけじゃなくて、後からビデオか何かで見た記憶がある。

朝発注したらヘタすると夜には届くというAmazonの恐ろしさ。
さっそく見てみると先日見た「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の様な
映像のきれいさはあまり感じなかったし、特典映像すら全く入ってない
簡素すぎるパッケージにも少々萎えてしまった。

30代目前あたりに見たであろう映画の内容は、40半ばの今どう感じたかというと
実直にただ文字通り「走り続けた」主人公フォレストの人生と
迷走し続けたヒロイン、ジェニーの人生が対照的に描かれているのに気づいた事。

身体的なハンディがあった為に虐められた子供時代を過ぎ、
ハイスクールでアメフトの選手になり大学では一躍ヒーローに。
その後従軍してベトナム戦争に参加して、事業を興して大成功というのは
いかにもアメリカの描く「夢」というフォーマットをマンガ的にまで高めた人生ですな。

それに対してジェニーが歩いた人生は
父親からの性的虐待という余りにもヘヴィーな幼年時代を過ごした後に
ここから解き放たれるために、とフォークシンガーを志すものの
ヌードグラビアに出た事が学校にバレてドロップアウト。
そして、あのヒッピー~フラワームーブメントに飲み込まれてしまい
ブラック・パンサー党という急進的な政治活動、そしてドラッグまみれという
いわばあの当時のアメリカの「恥部」とも言えるべき人生を歩いてる様に見えました。

僕は1971年生まれなので、いわゆる「ウッドストック」な時代感は
リアルタイムではないし、後から色んな物を見ても
ものすごく気持ち悪いものしか感じない。ましてや憧れるなんて感情などない。
残されている映像や写真を見ても、あの空間には逆に不自由さしか感じないのですよ。

今回、改めてこの「フォレスト・ガンプ」を見て感じたのは
アメリカの世論として、あの「ヒッピー~フラワームーブメント」というのは
もしかしたら「恥ずべき物」として認識されているのかな、という疑問でした。

ちょうど同じ頃、日本でも学生運動という物が盛んでしたが
内ゲバを繰り返した後、同志リンチ事件~あさま山荘事件という流れにおいて
一気に支持層を失った流れがあります。

アメリカでもちょうどそれに当てはまるのがあのチャールズ・マンソン。
シャロン・テート殺人事件が明るみになって以来、ヒッピーに対する
一般社会の風当たりは一気に強くなっていったようで。

「自由」という言葉は人や国、それぞれの解釈もあるだろうし
意味はわからなくてもその言葉自体に魔力があるのはどの国だって同じだろう。
でも、ジェニーが求めた自由はアメリカの一般的な世論・道徳としては、
あまり模範的ではないという事なのかなーなんていう事を思いながら見てました。

しかし、ヒッピームーブメントが残したのはそういう側面だけではなくて
徹底した個人回帰を目指した結果、個人が使うコンピュータという物に
たどり着いて大成功を収めた人がいます。
そう、Appleの創業者のスティーヴ・ジョブスがこのヒッピー文化を
モロに体現してた人なんですなあ。
「フォレスト・ガンプ」の中でもダン小隊長が、出資する先として
アップルが登場しておりました。

この映画、流れるBGMもまさに「アメリカ音楽史」にふさわしいもので
1955年のエルヴィス・プレスリー「ハウンド・ドッグ」から
1980年のボブ・シーガー「アゲインスト・ザ・ウィンド」まで
これでもか、という名曲の目白押し。

昔見た時よりも、だいぶ曲名がわかるようになってました(笑)
55年から80年の音楽って個人的にはとてもストライクゾーンなので
このサントラも買って持ってます。
一時、ブックオフとかで500円ぐらいで買えたけどなあ。
ちなみにこのCD、劇中で流れてたものが全曲入ってるわけではないので注意。

ラストシーン、自分も乗ってた同じスクールバスに子供を乗せて見送った後の
フォレストがとても複雑な表情をしてるのはなんでなんでしょね。
あそこは笑顔で終わってもいいんじゃないのかな、とも思うんですが
「人生はここで終わりじゃなくまだまだ続く」という暗示なのかも知れません。