ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

変わってしまう事は悲しい事じゃない - 尾崎豊「回帰線」

June 02 2014

仕事からの帰り道、なんとなくiPodのホイールを回して懐かしいアルバムを選んだ。
尾崎豊氏の「回帰線」。1985年にリリースされた俗に言う「十代三部作」の2作目。

このアルバムを初めて聴いたのは確か中学3年生の頃。
僕自身は別にヤンキーでもなくて、盗んだバイクで走り出す事もなく
夜の校舎窓ガラス壊して回る事もない普通の少年でした。
ビートルズヲタではあったけど。
ただひとつ、色気づき始めた15歳には校則だった強制丸刈りが嫌だったぐらい。

マイルドヤンキーなんて言葉がもてはやされつつある昨今ですが
当時はハードヤンキー属性の方にけっこう好まれていた尾崎の楽曲群。
親に衣食住を提供してもらいながら「自由が欲しい」と口にする人達に対して
若干違和感を感じ始めてもいたし、窓ガラス割る口実に
「この曲に触発されて割りました」などという報道がされる度に
かっこ悪いなあオイ、とも思っていた15歳の頃。

その窓ガラス壊して回る「卒業」が収録されているのがこのアルバムですが
個人的にあの歌は今でも好きではありません。
あの歌詞で描かれている感情とは全く無縁の学生生活だったからです。
アルバムは持っていてたまに聞いたりはするけども「へえ」で終わるそんな感じ。

ただ、このアルバムが自分にとって輝きを帯び始めたのは
働き出して自活するようになってからだったと思う。

全てを一人でこなさなければならなくなった生活状況と、
そしていきなり直面した学生と社会人の想像以上の差。
今日をクヨクヨ悩んでいると来月の米がなくなる、という毎日の中で
収録曲である「Bow!」や「坂の下に見えたあの街」などはとてもリアルに響いた。

しかし「太陽の破片」を聴いた時になぜか「ああ、もう自分には必要ないな」と
思ったのも事実だったりする。
それ以降の尾崎の作品は未だに聴かないまま今に至っている。
「太陽の破片」がリリースされたのが1988年だから自分はまだ17歳。
働き出してから「回帰線」を聴いていたのは「懐メロ」としてであって
1992年に尾崎が亡くなった時もそれほどショックを受けなかった。

今iPodから流れる「回帰線」はあの時と同じように「懐メロ」としてだ。

愛よりも、夢よりも、金で買える自由が欲しいのかい?
From 「Bow!」

働き始めた18歳当時と今ではこの歌詞の聞こえ方も違う。
金で買える自由が多ければ、愛も夢も幅が広がるよなあと思ってしまうぐらい
自分は大人になってしまったし、そんな場面にもたくさん遭遇してきた。

もし尾崎が今も生きていたならば49歳。
どんな言葉を紡ぎ、そしてどんな音楽をやっていただろうか。
もしかしたらオヤジギャグなんかを連発して、音楽バラエティで
AKB48のメンバーに目尻を下げたりしているのかも知れないな、とふと思う。

変わってしまう事は別に悲しい事じゃない。
変われずに取り残されて行く事の方が自分には恐ろしい。

そんな事を思いながらこのアルバムを今日も聞く。
あの当時、共感したのは多分自分自身の状況に対しての「怒り」だ。
それを呼び起こして明日に向かう気力に出来る内はまだ大丈夫かなと思っている。

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