興味という物は何がどう繋がるかわからないもんで、それの驚きと喜びを楽しみに生きてるみたいな所はある。
それぞれ別のルートから入り組んでたどり着く先が同じであるのは音楽を遡って聴いていてもよくある事。
それこそ50を過ぎた今になってようやく、みたいなのはその入り口に至った時の事も思い出したりして楽しい。
ここ最近はそんな感じで日々を過ごしております。

コロナ禍において全ての人の生活スタイルが変わりつつある。
お店に入るのにマスクはするようになったし、手洗いうがいももはや普通になってしまった。
きっとそれは良いことなんだろうな、と思いながらも何が何でもオリンピックを強行しようとする流れはどうなんだろね。
日程ありきで作戦の内容なぞ後から付いてくる、みたいな考え方で突き進んだ結果があの敗戦だったのをどう総括してるんでしょうか。
天長節までにインパールを落とせ、牛や馬に荷物運ばせて途中でそれを食えばいいじゃないかと言い放った司令官の発言はこちら。

食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる

きっとこういう考えがいざとなったら出てくる気質ってのは敗戦してからもなんも変わってない気がする。
いわゆるブラック企業ってのがなくならないのも、これが美徳やと思う人が未だにいてるって事でしょう。
精神論、根性、ハングリー精神、愛社精神、ものは言い様って事でしょうがこういうのは心底大嫌いです。
まず食う物がなけりゃ人間は動けませんわ。
自分はもうオリンピックもこれと同じにしか見えてませんが、開催中にコロナ感染者が増えても平気で隠蔽しそうよね。

さてと、自分自身のこれからについて、だな。
食う物がなけりゃ動けない、って事は稼がなきゃなんも始まらないって事と同義。
コロナ禍で変わった世の中が果たして元に戻るのか、というのは自分はもうほぼ諦めております。
たった2年前と同じ日々はもう二度と帰ってこない、という前提で気持ちの整理と切替をまず始めるべきでしょう。

座ってアコギを弾きながらライブ配信をやってる時によぎる事。
「ああそういえば最近はもう立ってギターを弾くこともなくなったな」
世界を憂いてるだけでは、ただひたすら物事を待ち続けるだけでは、その選択そのものを後悔する日が来そうな気がする故に。

正気に返って、自己を取り戻せ。
目を覚まして、君を悩ましていたのは夢であったことに気付き、夢の中のものを見ていたように、現実を眺めよ。

マルクス・アウレリウス・アントニヌス「自称録」より

1900年以上前に書かれた本の言葉。
きっと人間はずっと同じ事を繰り返しながら今まで生きてきたんやろねえ・・・・

マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫)

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神谷 美恵子
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Release date: 2007/02/16
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