ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

失うという事、失っていく事への準備

June 01 2016

この春から嫁さんが介護関連の学校に通い出している。
その授業の内容で聞いた物がとても印象深かったようでそれを教えてくれた。

まずは紙に自分の大事な物を10個書き出す、と。

これは友人とか家族とか夢などのカテゴリーを書くのではなく、
それぞれ固有の物でないとダメらしい。
例えば家族が自分以外に4人いて、それが全て大事ならばその4人の名前を書いて
残りが6つ、という事になる。

自分が何を書き出したのかはちょっと恥ずかしいので晒さないが
なんとか10個書き出してみた。
大事なもの、なんて普段意識する事なく過ごしているせいか
いや、もしくはそれが当たり前過ぎて気づけないせいなのか、
すっと10個を迷わず書けなかった自分に少しばかり驚いてしまった。
恐らくほとんどの人がそうなんじゃないかな、とは思う。

それが終わると次は「ではその半分の5つを削ってみて下さい」との事。

この時点で「いや。半分も削られたらすでにもう『人』ではない気が。」と
思わず口に出てたのだけど、それでも削るんだ、と。

身を切られるような感じでなんとか半分にしてみた。
この時の気持ちは「これがなくてもなんとか生きていけるかも」という
半ば諦めの境地で削った。
「ただ生きるだけならこの5つがなくても大丈夫だろう」という気持ち。

この時点で、例えば心理テストみたいに
「これがあなたの○○です。」というような診断が出て終わるのかな、と思いきや
「そこからもう3つ、削ってみて下さい」と来た。

「え。いやいやそんなんこっからまだ削るぐらいならもはや生きてるのが辛いやん」
「それでも、削って下さい」

この3つを削る時のキリキリとした感じはもうなんとも言えなかった。
鉛筆を横に滑らせてただ線を引くだけの行為とはいえ
それをやってしまうと、何か取り返しがつかない事が起こるのではないかという
そんな気分。

なんとか、削った。

「では残った2つの内、どちらかを削って」

「ちょっと待ってくれ。もうそれは・・・」

「これが『喪失感』の疑似体験なんやって。
介護される人達はこれらをほぼ実際に経験してきた人達だから」との事。

ああ、そうか。
年を重ねて死に向かうっていうのはそういう事なんだな。
手にしてると思ってる物もどんどん失っていくのは仕方のない事とは言え
そういう気持ちの中で生きるってのがどういう事を
このテストで少しは理解出来たかもしれない。

そして、それ以上に今出来る事を精一杯やり抜かないとな、とも。
もうそんなに言うほど時間は残ってない、しな。

P.S.
嫁さんはけっこう早い段階で自分を削ったらしいwwww
ま、そんなもんですなwww

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