ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

避難所、音楽、それにまつわるエトセトラ

April 19 2016

熊本の方はまだ大変な事になっている様子で連日ニュースから情報が飛び込んでくる。
避難所暮らしはかなりキツいだろうし、また車の中で過ごしていた方が
エコノミー症候群で亡くなったというニュースも流れてきた。
必要な物がそこにない、といういわば非日常の中でとても大変な状況であることは
もし我が家がという状態に置き換えてみてもそれは容易に想像出来る。

その中でちょっと考え物だなあと思うのが音楽という物の扱われ方である。
前回の震災の際にも避難所で歌を歌ってみんなを励ます、という
ツイートもけっこう見かけたし、それは今回も同様な状況なんですが
それを聞かされる方としては、とてもじゃないがそんな心境ではないと思うんですわね。

個人的には音楽と言う物は「生きていく上で必ずしも必要ではないもの」と思っています。
自発的にラジオのスイッチ入れたりとか、CDをトレイに入れたりとか
ヘッドホンを耳に刺してスイッチを入れたりとか、会場に自ら足を運んだりとか
そうやって初めて受け入れられる用意が出来るという認識です。

「必要でないものにお金と時間を使って足を運んでくれる」という認識があるからこそ
演ずる方としても、それこそ命を削るような真剣さで取り組まないとダメだと思うのです。
その認識があるかないか、はかなり大きな分かれ道だと思うし
それが無ければ精進しようという気概も決して生まれては来ません。

同じ意味で自分はストリートライブという物にも昔から否定的です。
望まれていない場所での押しつけ行為はただの騒音に等しい。
ただ、まれにではありますが足を止めて聞き入ってしまう事ももちろんあります。
しかし、そういう人達の出す音というのは内側に向けたパフォーマンスのレベルを
とっくに越えていますから、上記の認識を理解してこその行動なのでしょう。

「自分には歌う事しか出来ない。」「自分には演奏しか出来ない。」
とても耳障りのいい(それを発する人自身に)言葉ではありますが
その言葉は自らが口にすべき言葉ではありません。
他人にそう言ってもらえて初めてそれを鵜呑みにしていい言葉です。
せめて、被災地の方々に余裕が出来てお呼びがかかるまでじっと待ちましょう。

そういう意味でも、避難所で暮らす人達が早く自らスイッチを入れたり
そういった会場に足を運んだり出来るような状況になる事を願います。
自分はそういうレベルの演奏が出来るとはとても思えないので、
それを望む人達がいる場所で目一杯演奏をやっていきたい所存です。

恐らく一番必要なのはお金、そして物資。
なので自分は熊本市ホームページに記載されている口座にお金を振り込みました。
http://www.city.kumamoto.jp/hpkiji/pub/detail.aspx?c_id=5&id=12506

We cannot do great things. But we can do small things with great love.
(私たちに偉大なことはできません。偉大な愛で小さなことをするだけです。)

マザー・テレサの言葉より引用

ここはみんなで踏ん張っていきたいですね。

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