ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

忘れられない人達が陥る悪循環について考えてみる

April 14 2016

いつまでも忘れられない、という人達をたまに見かける。
それはたとえば過去にお付き合いしてた人の事だとか、
親にされた仕打ちである事だとか、色んなケースである事が多いのだけど
見てて悪循環だなーと思うのはその出来事をわざわざサルベージして
克明にブログなりSNSなりで発信してしまう事だと思うんですわね。

自分は大阪人であるが故かも知れないのですが
過去の出来事を人に語る時には「それが相手にとってクスリとでも笑えるのか」という事を
それなりに意識しております。
もちろんその目的の為には最大限に話を盛る事もあります。
出来事なんて所詮ただの素材にしか過ぎないのですから。

というか、人の話を聞く側に回った時に悲惨な話をうんうんと聖母の様に
耳を傾けて大変だね、とか言える様な性格ではないからです。
「オチはどこやねん」とまでは言いませんが、たとえば借金がいくらあってなんて話を
聞いている最中に「それをワシはどんな顔して聞いていればいいのか」と
面と向かって言ってしまうぐらいには面倒くさい。

過去というのは実際に起こった事よりも大袈裟に再現されて脳内によみがえります。
30センチの黒鯛を釣った、という事実が年月を重ねていくと
70センチの黒鯛に話が変わっていたという親戚のおじさんなんて
どこの家庭にも存在するとは思いますが、これは人間のサガってやつなんだろうと。

この性質を逆に利用すると、悲惨な出来事を克明に何度も文章にする度に
自分に対してのダメージとして降りかかってくるであろう事は容易に想像出来るのですが
それを他者への依存心が強かったり、頑張れない事の免罪符にしていると
自分も、またそれを耳にする他人も誰一人幸せになれない気がするんですよねえ。

過去の出来事、そしてそれに登場する誰かを攻撃して生きるのは
ある意味とても楽なのかも知れません。
釣り上げた30センチの黒鯛がいつの間にか70センチになるように、
自分が悪かったという事実をも覆い隠してしまえますのでね。

いつまでも忘れない、なんて言葉は確かに耳障りが良いし歌詞にも出てきますが
忘れる事が出来る、のも人間の良い所。
それをするには忘れるための行動を意識する、のも大事ですけども
「そんな事しているヒマがないぐらいに他の何かに没頭する」のが一番なんですな。

自分が常に新しい何かを探して没頭するのはもしかしたら
イヤな事を思い出したくないが為の防衛策なのかも知れませんね。

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