ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

吐き出される言葉の独自性

September 14 2011

はてブされてたこの文章を読んだ。感想をざっと書いてみる。

博報堂を辞めました。
http://shimpe1.com/?p=84

23歳のブログ主がいわゆる「人生のターニングポイント」を迎えて
感情の赴くまま(と僕は感じた)に吐き出した文章でそれなりに読み応えがありました。

僕は広告物制作請負という仕事を生業としている以上、
「広告代理店」という所に所属する人間とはそれなりにやりとりはあったりするわけですが、
まあ本音を言うと「何を言いたいのかわからない人」がたまにいるなあ、と
漠然と感じていたりするわけです。

もちろん、仕事を受け持つフィールドが違うんでそれは仕方ない部分もありますけども。

実際のところ、代理店に入ってからは、相手のことをちゃんと見つめたコミュニケーションを忘れかけていました。もちろん、クライアントやユーザーのことを考えるのは上手になったけれど、一緒につくる人たち(ここでは主に制作会社やフリーランサーの方々)のことは正直考えなくなっていた。思い切った言い方をするならば、つくるために必要な手足としてしか捉えていなかったのです。

と、彼もおっしゃってますしw

40にもなると23歳の人の想いがこめられた文章というのを見る際に
自分のかつての姿を重ね合わせる事ができるようになります。
あの頃に発した言葉がいかに痛すぎたのかをフラッシュバックさせてしまい
「うああああ」と声が出ることもあったりするんですわね。

でも、自分が23の時、ここまで小難しい事考えてなかったかな。
もちろん通って来た道も違うし、やってきた事へのプライドも違うんだろうし
彼は自分の行動に関して「エリート街道から自ら降りた」って言っちゃうぐらいだから
セックスしてるかバンドしてるかみたいなハナクソヤングだった自分とは違いすぎか。

しかし、ここまでポンポンと横文字カタカナが出てくるのに違和感を感じるのは
多分ジェネレーションギャップと言ってもいいかも知れませんね。

製品を「プロダクツ」とか、目標を設定を「コミット」とか
わざわざわかりにくくしてるような作業に脳みそを割くのは
自分からすると「無駄な作業」としか思えないのが本音です。
はっきり言うと、薄っぺらく思われそうで自分では絶対にしたくありません。
たとえそれが業界標準(スタンダードって言うんスか?w)になっていく流れであろうと
自分のセンスを信じて仕事をしていきたいし、それを買ってもらいたいと思いますね。

他人の言葉をそのまま鵜呑みにして、それにすがるような生き方をする人もいますが
ああいう人達は、平気で手のひらを返しますからね。
「あんな人だとは思わなかった」「昔はあんな人じゃなかった」
だってそういう風に生きて行けば楽だもんね。
責任を全部その人に押しつければいいんだから。
自分の行動は棚に放り上げてね。

「心にしみる言葉」「ドラッカー」「名言集」その他よく見る自己啓発キーワード!
ああなるほど。どれも確かにすばらしいでしょう。
それを自分のセンスでかみ砕かずに
そのまま人に言うのがセンスねえなあと思ってしまうのです。

「○○○○って××という人が言ってるから」とか小学生かお前はと
言いたくなるようなオトナの人もいたりするからね。

23の彼が40になった時、自分が若い頃書いた文章を読んでどう思うのだろう。
そしてその時に自分より17歳年下の23の人の文章を読んでどう思うのだろう。
そんな時間の流れと隔たりを考える夜明けなのでした。

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