ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

「意識が高い」という言葉への違和感を自分なりに考える

April 28 2014

ここ最近、特にこの時期になるとあふれ出す「意識が高い」という言葉。
何かが違う気がずっとしてたけどそれを自分なりに整理してみる。

漠然と生きるのではなく、何らかの目標を持ち日々を大切に生きる
なんて事はごく当たり前の話であって、いちいちそれを口にしている連中に感化されて
ただ単にカモられてるだけな気しかしません。

世にはびこる「今の自分にとって気持ちのいい言葉」を高い金で売りつける
胡散臭いセミナーなんかと全く同じ世界な気がする。
まだそれが技術やノウハウなどの目に見えるものならともかくとして
このご時世、検索するだけでいくらでも手に入る使い古されたフレーズに
法外なゼニを払うような価値観を僕自身は持ち合わせてはいない。

「意識を高くもって生きよう」なんて言葉で人を集める連中は
彼らから見た「意識の低い人達」の価値観をゼニに換算しているだけで
よく似た境遇の人達と同じ時間、場所を共有したという事実のみを提供しているに過ぎない。
その事実そのものが欲しい人達がたくさんいるから成り立つんだろうけども
たったそれだけの事実で自分自身や生き方なんて変わったりはしない気がする。

自分を変えたい、というその情熱はわかる(気がしている)。
だけど、自分なんて鏡を覗けばすぐ目の前にいつもいるわけで
そいつは自分の全てを一番知っているのだから一番タチが悪い。

僕は自分なんて絶対に変えたいと思わない。
変えなければやっていけないというこの現実が一番悲しい事実なのだから
それをまず受け入れる事から始めるのが自分には手っ取り早かっただけだ。

自分を守るために環境を変えていく努力をする方がよっぽど建設的。
何も手を動かさずに「自分は変わった」などと自己分析して時間を浪費するより
何か一つでもがむしゃらに物事を前に進めようとするほうがいい。

自分が変わったから物事が進むなんて幻想に過ぎない。
物事を進める努力をしたから、その結果行動が変わっただけの話。

自己分析よりも起こした行動の結果を客観的に直視できる人達。
それこそが「意識の高い」人達であると思う。

自分も積み上げた物だけを客観的に見れる人を目指して精進したいですな。

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