ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

やりたい事、やらされる事。~シド・ヴィシャスの肖像

July 17 2012

昨日、Youtubeでセックス・ピストルズのラストライヴを見つけた。

これは売り物として出ている物を丸ごとアップしてあるものだろうけど
僕は初めてこのライブを目にした。
1978年1月14日のサンフランシスコ、ウィンターランドでのライブ。
このライブを最後にVoのジョニー・ロットンはピストルズ脱退をつげ
たった1年弱の活動でセックス・ピストルズは空中分解してしまう。

ドラムのポール・クックが懸命にバンドのビートを支えているが
ギターのスティーヴ・ジョーンズのプレイは投げやりもいいとこで
ベースのシド・ヴィシャスに至っては、ベースという楽器の役割すら果たしていない。

アンコールの「No Fun」を歌い終えた際のジョニーの寂しげな表情、
そして「Ha,Ha,Ha Ever Get the Feeling You’ve Been Cheated?
(ハハ、騙された気分はどうだい?)」の捨て台詞。
1977年から始まった嵐の様なパンク・ムーブメントの実態を的確に皮肉ったセリフです。

僕自身は1978年当時、小学一年生。
当時は発売されたばかりのインベーダーゲームに夢中な子供で、
パンクムーブメントは大人になってから遡ったクチだ。
たった1枚だけのオリジナルアルバム「Never Mind The Bollocks」を聞いたのも
おそらく20歳を超えてから「聞いておかないとマズイ」から聞いたんだと思う。

19歳から20歳の間、1年だけ住んでいた神戸から大阪に仕事に通う電車の中で
ウォークマンからThe Clashの「London Calling」を聴いていた記憶があるので
この頃にはピストルズもすでに耳にしていたのだろう。
「アナーキー・イン・ザ・UK」も「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」も
「思ったよりポップだな」という感想を抱いていたと思う。
そりゃあ、クラッシュやダムドの1stと比べればサウンド的にもかなり聞きやすかったし(笑)

社会に出て理不尽さに直面しながら、気持ちとお金のやりくりで追われていた生活において
パンクロックとの付き合い方は「単なる憂さ晴らし」以外の何者でもなかったと思う。
アナーキストにもなれず(意味もわからず)
破壊衝動も妄想だけでとどめるしかない日常において
「好きな事やってんだろうなあ」と遠くから憧れの眼差しで見ている感覚。
ビートルズを知った時みたいにそればかりしか聴かなくなった、って事はなく
「あ、今日は気分が腐ってるんでピストルズ聴こう」みたいな選択肢の一つでしかなかった。

映画「シド・アンド・ナンシー」もとりあえずはレンタルで見たけど
ドキュメンタリーを追うような感覚で「へえ」と済ませてしまった。
とてもじゃないけど、自分の生活とリンクなんてしようがない世界だった。

1977年に多感なティーンエイジャーだったリアルタイムの人達との温度差はあるだろうけど
90年代初頭にクソガキだった僕にもそれなりの衝撃はあったんだろうと思う。

フランク・シナトラで有名な曲「マイ・ウェイ」をシド・ヴィシャスがカバーしている。
http://www.youtube.com/watch?v=Bu_R3pduiEY

これは映画「ザ・グレート・ロックンロール・スウィンドル」の中の一場面だけど
20歳代の頃に見た時は、なんだかよくわからない感覚だった。
「既存の物をぶち壊す、というのがパンクだ」と力説していた先輩の話を真に受けてたので
最後に客席にピストルをぶっ放して、中指立てて帰って行くシドの姿に、
ある種の気持ちよさを感じてはいたんだけれども、なんだかわからない違和感もあった。

40を超えてすっかりジジイになってからこの映像を見ると、その違和感の謎が解けた気がする。
「全ての事には仕掛けた誰かがいる」という視点で見てしまうジジイの悪いクセ。

これはシド本人が望んでやってた事なんだろうか?
ジョニー・ロットンを失ったマルコム・マクラレンが
シドを虚像に仕立て上げたんじゃないだろうか?

「シド・アンド・ナンシー」でも描かれてた様に、ピストルズ解散以降のシドは
まさに転がり落ちるように堕落していくだけだった。
そして住居にしてたホテルのバスルームで、ナンシーはナイフを突き立てられて死亡。
そのナイフがシドの所有物だったためにシドは容疑者として逮捕される。
レコード会社が保釈金を払って釈放されたんだけど、
結局クスリのオーバードーズで21歳で死亡。

この生き方をロックだ、パンクだと崇めるのは個人的には好きじゃない。
強い意志を持って自分のやりたい事だけをやれる人間に、
果たしてクスリの助けが必要なのだろうか。
20年の時を経て、改めてシドの歌う「マイ・ウェイ」を見た時、
彼がまるでピエロの様にしか見えなかった。

これは彼がやりたかった事なのか、それとも誰かにやらされてた事なのか。

自分の意志で止まる事が決められない環境なんて、音楽ビジネスの世界じゃなくても
今やそこらへんにいくらでもある。
ブラック企業での過労死なども同じカテゴリに含まれる事なのかも知れない。

たった20年足らずしか生きてない若者が、大人の手によって別の何かに仕立てられて
ビジネスという名において消耗品として使い捨てられた、とも見えてしまうのは
おそらく自分が年を取ってしまったせいなのかも知れません。

ジョニー・ロットン(現ジョン・ライドン)は後年、シドの事をインタビューで聞かれると
「当時はみんな自分の事で精一杯で誰もやつを助ける事ができなかった」と発言している。

好きな事を好きな様にやる、というのはいつの時代も難しいのでしょうね。

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