ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

想像してみてもその先がイメージできない風景

June 09 2012

多分、誰もが幼少の頃の風景を心に抱いて今を生きている事と思う。
日常に流されても、幼い頃にかいだ風の匂いとかが蘇ってきたり
自分の中のどこかに常にそれは存在しているのだろう、と漠然と感じている。

物心ついた時から目に入る大きな建物。
原子力発電所がある街で生まれ、父はそこで働いている。
クラスメイトの半数以上の親が原発関連で働いている。

探検と称して、その大きな建物に近づこうとして
警備員に怒られたり、迷子になってしまったり。

そんな幼少の時を経て、みんな共に大人になり
気づけば友達のほとんどが原発関連の仕事についた。
子供が生まれて、僕等は気づけば親になった。

・・・・・・みたいな風景を想像、いや、妄想しながら
その街から送られた電気を使って、僕は今この文章を書いている。

僕の育った街には古い大きなガラス工場があった。
中にあった溶鉱炉のきれいなオレンジ色が見たくて、友達と忍び込んだ。
作業員のおっちゃんに怒鳴られながら追いかけられて
まるで怪物から逃げるように、積み上げられた段ボールの隙間に身を潜めた。
友達が見たように話す口裂け女よりも、心霊写真よりも、そのおっちゃんが怖かった。

ある日、その工場の溶鉱炉の火が落ち、ずっと鳴り続けていた機械の音、
そして溶けたガラスをハンマーで叩く音が止まった。
いつも僕等を追っかけてたおっちゃんは、寂しそうな顔をして
「もうお前らともおっかけっこでけへんなあ」と僕等にアイスクリームをくれた。
「なんで?」って聞き返した僕等におっちゃんは何も答えなかった。

それから数週間して、その大きなガラス工場は更地になった。
溶鉱炉も段ボールもおっちゃんも全部消えてしまった。
それが何を意味するのか、まだ小さかった僕にはわからなかった。

このガラス工場が僕にとってどんな存在だったのかが、文章からではわからないように
原子力発電所がある街の風景をどれだけ想像してみても
たぶん妄想の粋を超えることはないだろう。

だから僕は何も言いたくない。
みんな、もう引き返せない所まで来ている事はわかりつつも
ただただ振り上げた拳を落とす場所を探しているだけな気がする。

それぞれの大事な風景と想い出を共有して作り出された電気を
ただ甘んじて受け取って使っているだけの僕に
その街で暮らす人々に向かって、それを今すぐやめてくれなんてとてもじゃないが言えない。

どれだけ想像してみてもたどり着けない風景。
そこで暮らさなければ絶対にわからない風景。

ただ、常に頭に置いておきたいのは
もし、この先こんな国がいやだと思ったとしても
そこから逃げ出すことのできぬ自分の実力を、まず嘆く様にしようという事だ。

| Posted in 日々雑記 | Comments (2)

2 Comments

  1. rinrin
    Posted 2012年6月11日 at 11:08 PM |

    わたしの父の会社(先月廃業)があった場所も更地になることが決まりました
    わたしが生まれる少し前にできた会社です
    わたしも働いていました 思い出がいっぱいです

    大手ゼネコンの下請けで仮設材の整備や修理、運搬をしていました
    上が仮設は全てリースにして機材センターは廃止・・・という決定をしたのでしょうがないですよね

    でもなんの補償もありませんでした

    父の会社で働いてくれてた方たちは今どうしてるのだろう…

    時代の流れだからしょうがない、と自分に言いきかせていますが、納得のいかないことは多々あります

    原発、ターニングポイントに来ているんでしょうか?
    ずっと原発反対運動はありましたけど
    あの震災がなければ、ここまでもめていないのでは?
    原発で働く人、彼らが行く店を経営する人、わたしたちのような下請けもそう
    とめちゃうと困る人はいっぱいいる
    だけど、2度とあんな事故は起きない!なんて言えない

    どれがいいかなんて誰にもわからないんじゃないかなって思います

    そこから逃げ出すことのできぬ自分の実力を、まず嘆く様にしようという事だ

    この言葉、改めて胸にぐさっときました
    今は1日のうちの大半を
    自分は何も出来ない情けないやつだ、って嘆いていますから・・・

    でも、何事もよくしていかなければならないのは同じですよね

  2. Gaku@管理人
    Posted 2012年6月12日 at 4:17 AM |

    >rinrinさん

    昔から「世界とは理不尽なものだ」という事を前提に生きようと思ってまして
    色んな出来事(特に天災など)はもう受け入れるしかないと思ってます。

    様々なパーツで成り立ってる世界を一つ一つ想像すると
    とてもじゃないけど自分の都合でその世界を壊そうという気にはなれないのです。

    確かにあの震災以降、原発に対する風当たりは強くなりましたけど
    最初からそんな事はみんなわかってたと思うんですよね。
    そりゃあ、実際にあんな事があって気づいたんだ!ってのもわかりますが
    テクノロジーにぶら下がって生きている我々が何を言えるのか、とも思うんです。

    僕は多分アーミッシュの様な世界で生きていく事は難しいでしょうし
    そもそも生活の糧自体が電気がないと無理な仕事ですから
    もう後戻りできないんだろうなあ、と実感していますが
    利用する為のテクノロジーで生み出せた原発なら、テクノロジーで守る事もできるだろうと
    思いたいですね。

Post a Comment

※メールアドレス、URLは任意入力です。メールアドレスは入力しても公開されません。

« Jul 2017 August 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31