ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

撮影と言う名の暴力 - 1億総カメラマン時代に心に留め置くべき事

December 25 2014

Twitterでちょいと話題になってたのがこのインタビュー記事。

男女300人の絡みを撮影…知性と理性を吹っ飛ばせて見えた境地とは
【大橋仁 INTERVIEW】
http://www.tabroid.jp/news/2014/12/matsumoto4.html
この方、2年ほど前に300人の男女の絡みを撮影した作品集を出して
一部で物議を醸してた方なのですが、僕も気になったのはこの部分。

それで、これはちゃんと撮ってみたいとの想いが芽生え、2005年くらいからプライベートでタイの売春宿に通い、撮影を始めたんです。とはいえ、金魚鉢での撮影はそうそう簡単にはいかないわけですよ。だって、文字が読めない人にでも撮影禁止であることが分かるように、カメラのイラストの上に大きく”ばってん”を記したシールがそこかしこに貼ってあるんだから。

でも俺はそこにカメラを持ち込んでぱちぱち撮るわけ。しかも暗いからフラッシュたいちゃってね。もちろん、女の子はそれに気付くとパニック状態。しかも、何枚も何枚も撮り続けるから逃げ出しちゃうし。そうすると用心棒みたいな男たちが向こうからどしどし走ってきて「何やってんだお前?」って。

俺ももちろんそうなることは最初から分かってるから、バカな観光客のフリしてコンパクトカメラで撮ってるわけです。だから用心棒に取り押さえられても「えっ? だめなんですかぁ?」ってとぼけ続けて、「だめに決まってんだろ」と外に連れ出される、と。そんなことを何回も繰り返してました。

そして、そうやって撮影した写真を東京の美術館で公開していた、との事。

撮影してはいけない場所で撮影した写真を本人に無断で美術館にて公開。
撮影するに至っての武勇伝は本人が気持ちよさそうに語ってるから
それがどうであれ、被写体となった人に対しての思いやりとか感謝の気持ちが
まるでない事にかなりの不快感を覚えます。

これははっきりいって「暴力」そのもの。
そこに映ってるのが人ならば、せめて最低限の礼節とをわきまえるべきだわね。

僕は以前にも撮影に関するエントリーを書いた事があります。
そこでも延べているように「被写体となる人の意思」が最優先であるべきで
その人(所属している所の責任者とかじゃなく本人)が「イヤ」だと言えば
それが全ての答えだと思うんですわね。

今ではまさに1億総カメラマン時代とも言えるぐらい誰もが撮影機器を手にしてる時代。
被写体となる側がどんな事を思うのか、自分の身に置き換えるぐらいは
最低限持ち合わせるべきモラルでしょう。

自分も被写体になるケースはたまにありますが
公開前に「この写真を公開していいですか?」なんて問い合わせが
前もってある事なんてめったにありません。
後から全く別の人経由で「あの時の写真(動画)見たよ」って言われた時の不快さ。
自分の身に置き換えてみればいったいどう思うんだろうな、と。

その構えたカメラの画面に人が映し出されているのなら
自分だって映し出されているって事ぐらい想像出来るはず。

だったらそれをどう扱って欲しいか、なんて事ぐらいなんでわからないのかが不思議だわ。

撮る方も撮られる方も「人」ならば
なんでそこに礼儀ってものを介入させる事が出来ないんだろうね。

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