ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

なぜクリスマスシーズンが好きなのかを考える夜

December 12 2012

さて、12月も10日を過ぎましてますます街はクリスマス一色。
師走という日本語と共に日本中が正月に向けてラストスパートする時期。

僕は1年でこの時期が一番好きです。

たとえヒートテック上下装着でモジモジ君にならないと外にいけなくても
夏場にウォッシャー液のタンクに水だけ入れてたのを忘れていて
ガチンゴチンに凍ってしまっていたとしても
このクリスマスシーズンが1年で一番好きなのである。

そもそも夏はダメ。あの暑さがダメ。
すべての思考とやる気を奪いつくすようなあの熱気がいかん。
電気代も普段より跳ね上がってしまうしね。

そもそも、なんで自分はこんなにクリスマスシーズンが好きなのだろうと
風呂に入りながら、ボーっと考えていた。
特にいい思い出があるわけではないような気がする。

社会に出て1年目のクリスマスイブは確か19歳でしたか。
まだ存分に「メディアに踊らされていた」年齢だったので
どっかのレストランを予約してスーツ着てデートなんかもしたわけですわ。
車は大渋滞で全然進まないし、レストランは何時に来い、というから行ったら
全員、まったく同じ料理を食ってるカップルしかそこにはいなくて
なんか地中に埋められてフォアグラになるべく餌を詰め込まれる鴨の気分になって
あまりにもけったくそ悪いから、その日はさっさと食うだけ食って
帰っちまったような記憶がある。まあ、どうせラブホも満室だったろうし。
(オンシーズンにホテルを予約するような財力はない。今もしかり。)

なぜだろう。なぜ、クリスマスが好きなのか。

そう、ミュージック。珠玉のクリスマスソング達が流れ出すからである。

昨日、一昨日と演奏の仕事があり、この時期はクリスマスソングを演奏するのですが
和洋問わずクリスマス・ソングはいい曲が多いのですよ。

もちろん「ホワイト・クリスマス」や「ウィンター・ワンダーランド」などの
もはやスタンダードと呼べるような曲も大好きですけども
各アーティストが歌う、オリジナル曲にも好きな曲が多いのですね。

中でもいつもほっこりと来るのはクリス・レアの「Driving Home For Christmas」
http://www.youtube.com/watch?v=sDY5KgUH6tc
これがこの時期、車の中とかで流れ出すととてもグッときます。

そしてやっぱりチビマイケルが歌う「Give Love on Christmas Day」は外せない。

発表当時は「子供に何を歌わせとるんだ」とけっこう不評だったそうですが
歌詞の内容が大人っぽすぎたのかな?

「サンタが街にやってくる」とかも演奏したりしますけど
いつも思うのがあの訳詩の見事さ。
「あなたからメリークリスマス、わたしからメリークリスマス」って
思いついちゃうのがなんともゴイスーなわけですよ。

サンタが街にやってくる、といえば街にあふれ出すこれを忘れちゃいかん。

木枯らしが吹く夜の繁華街、白い息を吐きながら生足で寒そうにチラシを配るエロサンタ。

・・・・・これだよ、これなんだよクリスマスってのは!

どこも大変ですからねえ(何が)

そうそう。サンタコスでストッキングとかはくのはいかんよ。生足じゃないと認めないから。

12月8日。ジョン・レノンとパール・ハーバー

December 09 2012

12月8日を迎えると毎年思うのがこの2つ。

ジョン・レノンは1980年12月8日、自宅前で射殺された。
当時の僕は洋楽を聴き始めたばかりで、FMラジオにかじりついていた。
「スターティング・オーバー」があちこちから流れ
涙声のDJが声を震わせてジョンの死を嘆いてたのを今でも覚えている。

この時、まだビートルズの事はまったく知らなかった。

あれからもう32年も経ってる事に自分でも驚いてしまうのだけれど
いろんな書物でジョンについて触れる毎に
CMとかで使われている家族愛的なイメージや、ラブ&ピースのイメージに
とても疑問を感じてしまう。
「死人に口なし」なのは仕方ないけど、もし今でもジョンが生きてたら
絶対そんなイメージの人になってない気がする。

射殺されたタイミングが5年間の育児休業明け、そして再出発を歌い上げた
「スターティング・オーバー」や、ようやく女性に対しての
自分自身の到達点を見つけたかのような「ウーマン」をリリースした直後、というのも
今から考えてみればなんともやりきれなさを感じてしまいます。

自分がジョンの曲で一番好きなのは「ウォッチング・ザ・ホイールズ」。

5年間の休業中の事を赤裸々に歌った(おそらくマスコミに対して)
この曲が当時のジョンの気持ちを一番表していると思うのですよ。

そういえば、自分はもうジョンが射殺された年齢よりも上なんだなあ・・・

そしてもうひとつの12月8日は1941年12月8日。
この日、日本はハワイの真珠湾を攻撃して太平洋戦争が始まったのです。

映画「パール・ハーバー」での日本の描かれ方に激怒するくらいには
当時の事を色々と調べてはいるのですけども
これに至るまでの経緯を知る事の方が重要だなあ、と思います。
ちなみにあの映画以来、自分はディズニーという組織に対していいイメージがもてません。

広島や長崎の原爆資料館などに行った時は「アメリカ憎し」という気持ちが
少なからずとも自分の中に生まれたりしたんですが
ハワイにある沈んだ戦艦アリゾナの上に建てられた記念館に行った時は
アナウンスから何から日本の事をボロカスに言うてたので
結局、戦争というものはどっちが悪いってわけでもないんだな、と思いました。

戦争という行為、そのものがなくなってくれればいいのでしょうけど
世界は未だ混乱に満ちていて、そんな気配は全くなさそうです。

僕にとって12/8という日は、一人の男の死、そしてたくさんの戦争犠牲の始まりを
思い出してしまう日となっています。

All We are Saying is Give Peace a Chance.

身体に刻み込まれた技術~タイヤ交換編

December 08 2012

先日、縁石にタイヤの土手っ腹を当ててしまい、見事にバーストさせちまいまして。
で、スペアタイアを履いて日々を過ごしてたんですけども
やっぱこのままじゃマズイよな、と思ってネットを使って1本注文。
以前の記事で書いたようにタイヤはNANKANG製のアジアンタイア。

さて、問題はタイヤが届けられてもどこで交換すればいいのか、という事。
持ち込んでやってもらうのもなんとなく面倒くさいし
廃タイヤの処分なんぞもゼニを取られてしまうわけで。

あ、そうだ。オレ今ガソリンスタンドに行ってるやん、と思い出して
夜中は普通、作業しないからピットは閉めっぱなしな所を
1本タイヤはめて、バランス取るぐらいなら30分もあれば出来るだろ、と 。

そんなわけで遅番の時にすこし早めに出勤して、こっそりとピットに忍び込んで
タイヤチェンジャーを使わせてもらう事にした。
恐らく、勝手に使ったら怒られるのは目に見えてるので隠密行動で(笑)

24年前はガソリンスタンドの正社員だった事もあり、ひと通りの車いじりは経験あり。
あの頃は「整備担当者」って肩書きもあったし、毎日車をいじりまくってたわけだが
しかしもう20年以上、これらの機械を触っていない。

バーストしたままホイルについてるタイヤを
ピットの中に入れて、作業開始。

まずはビードブレーカーでタイヤを外す事からだよな、とチェンジャーの横にタイヤを立てた瞬間、右足がペダルを探していた事に自分でも驚いた。

身体が・・・・覚えている・・・

なんなくタイヤのビードを外し、次はターンテーブルの上にタイヤを置いた瞬間、右足が(以下r

なんだこの感覚、すごいじゃないか自分。

タイヤレバーを右手に持ち、そしていとも簡単にタイヤを新品に交換できました。

次はホイルバランサーなんだけど、これはちょいと機械にクセがあり
どうも正確に測れてそうになかったので断念。
バランス調整だけ、業者に持ち込んでやってもらうことにしました。

それにしても20年経ってるのに「身体が覚えている」という感覚に驚きました。
当時、車が好きでその仕事についたわけじゃなく、「オイ、あのサニーを洗車してくれ」と
上司に言われても、どれがサニーかさっぱりわからなかったレベルの人間だったので
「食うためについた仕事がたまたまそれだった」だけの話。

しかし、毎日毎日それを仕事だと思って一生懸命こなしてたんでしょうね。
だからこそ「身体に染み込む」という領域にまで辿りつけたのでしょう。
20年以上のブランクがあったにもかかわらず、身体が勝手に動いたことに感動。

最近、巷では「いやな事はしない」「下積み不要」「年収150マンで生活」などと宣う
イケダなんちゃらという方が話題ですけども
そんなヤワな考えで、世の中渡っていけるのかおっさんは心配です。

僕は少なくとも50種類以上の職種を経験しているんですが
色んな見方はあるでしょうけど、それによって「色んな仕事の痛み」がある事を知りました。
世の中は色んなパーツの仕事があって、それによって世界は回ってるというのを
この身体で知ることが出来たのは、僕の財産だと思っています。

経験に勝るものはない、という言葉がありますけども、
本当にそうなんだなあ、と実感した夜でした。

皆さんはどう思いますか?(笑)

キムチを漬けてみました。

いつもキムチは買うもの、でしたが今回は材料を揃えて自作に初挑戦。

白菜半分を縦に切って、塩を刷り込んで・・・と作ったのが上記の写真。
出来上がったら2kig近くの量になったんで、「さて、どうやって食べようか」と
ある意味途方に暮れております(泣)

でも、こうやって自分の手で作るからこそ、経験として人生にプラスされると考えたら
そんなに悪いもんじゃないかな、と思っています。

このためだけに4リットルの密封容器を買ったので
このキムチが全部なくなったら、次はぬか漬けかなーとぼんやり考えています。

今回のレシピは近日、別館である「Cook-man」で公開しますね。

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