ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

最も初期の電子楽器 ― クラヴィオリン(Clavioline)のお話

October 04 2017

この間の土曜日、ひっさしぶりに同級生のキーボーディストTeru氏と姫路で一緒になり、その際これまた「最近めったに演奏する機会が減ったなあ」と話をしていたデル・シャノンの「悲しき街角」を演奏した。

この曲といえばやっぱりあの独特な音色のキーボードソロですが、「あれ?」と思う事がありましてね。
ヒットしたのが1961年。
・・・・・・そんな時代にこんな音色出す電子楽器なんてあったんかいね、と。
テル氏に聞くと「なんて名前か忘れたけどちっこいおもちゃみたいな鍵盤でスピーカーに繋げて出すやつやねん」と。

ほほう、それは一体なんだ、という事で色々調べてみるとこの楽器、なんと1947年(終戦から2年後!!)に発表されたクラヴィオリン(クラヴィオライン)という楽器だそうで。
正式な輸入代理店がなかったまま現在に至るので呼び名は色々と混在してるようです(笑)

このデル・シャノン「悲しき街角」のソロは、マックス・クルークという奏者によってこのクラヴィオラインを改造しまくった「ミュージトロン」という楽器で演奏されたそうです。
デル・シャノンご本人のサイトにも詳しく載っています。しかもマックスさん、まだご健在だそうで。
http://www.delshannon.com/maxmusitron.htm

ご本人がその楽器で演奏する動画を見つけました。確かにあの音や。

この楽器の音色、実は色んな曲で耳にしてるみたいでトルネイドーズの「テルスター」もこのクラヴィオライン。
同じくこの曲も1961年。

ああ、そういえば同じようなニュアンスの音色ですわね。

Youtubeでは現存する楽器での演奏もいっぱいアップされております。

この何とも言えん音色、とげとげしさの中にもなんかクセになるモンがありますね(笑)

さて、日本ではって事なのですが実はもっと早くに導入されてたようで「ゴジラ」などとてつもない数の映画音楽を作曲された伊福部昭さんの公式サイトに以下のページを見つけました。
古くからスタジオミュージシャンとしてご活躍されていた小島策朗さんのインタビューです。

第2回 電波楽器クラヴィオリン

そうしたら、日本は何でも流行りものだから、昭和31、2年から3,4年にかけて、とにかくクラヴィオリンが流行ったんですよ。

ビクターの吉田正さんが自分の作品全部にクラヴィオリンを入れるとかね。それで「有楽町で逢いましょう」や「再会」とかが大ヒットでしょう。

だから、あんまり昭和30年代に売れて稼いだもんだから“やっかみ”が有ってね。「そんなインチキ楽器やりやがって」とか言われたことがあったけどね。インチキ楽器だ、っていう人がずいぶんいたね。でも、インチキ楽器なんかじゃ決してないですよ。

昭和31年といえば1956年ですからかなり早めに導入されたんですなあ。

このイントロ、アコーディオンにも聞こえますけどよく聞くとトレモロかかってますので、このクラヴィオラインなのかもしれないですね。

で、最後にこんな動画を見つけました。
KORGのワークステーション、KROMEでクラヴィオラインの音色を1からエディットするというもの。

おわあ、確かにあの音に近い!!

昭和30年代から現在にかけて、こうして音色というものが継承されていくのを見たりするとすげえなあ、と思いますね。
自分はキーボードは専門外なのですが、幸い高校からの腐れ縁の友達に丸投げ出来るという大変幸せな環境でありますのでこの最後の動画を「こんなんあったぞー!!」と送りつけておきました。

雨の中のラスト七五三

October 02 2017

長女7歳、長男11月で5歳。
我が家にも世間と同じく平等に時が流れております。
この数字となると「七五三」という物に該当するって事で衣装着てお参りに行ってきました。

ま、今は衣装はレンタルって物がありましてですね。
本人達が「これ!」って決めた物を着れるのが一番良いのかな、と思ったり。
風習の継承、という意味ではアカンのかも知れませんが、そもそも自分が七五三をやった記憶が皆目ないのでこの辺はモゴモゴとしておこうかなと(笑)

残念ながら天気はどしゃ降りでした。
祈祷などはしてもらわずに神社に出向いてご報告&お参り。
七五三のWikipediaを改めて覗いてみると・・・・

神社などで「七五三詣で」を行いご報告、感謝、祈願を行う奉告祭。

おうおう、じゃあ形はちゃんと守ってるね(自己弁護

そもそもこれってどっから始まった行事なんだろうかとじっくり見てみると、元々は関東地方の地方風俗だったようで。

天和元年11月15日(1681年12月24日)に館林城主である徳川徳松(江戸幕府第5代将軍である徳川綱吉の長男)の健康を祈って始まったとされる説が有力である。

11月15日は、子供の成長を祝って神社・寺などに詣でる年中行事(神社庁による)。現在では全国で盛んに行われているが、元来は関東圏における地方風俗であった。

やがてこの儀は京都、大阪でも行われるようになり、だんだんと全国に広まっていった。

で、七五三というネーミングも元々は3つ違う行事をそれぞれ行うのをまとめて呼んだのがそのまま定着したとか。

現在は「七五三」という名称から、その年齢にやる同じ行事のように捕らえられ、そうなりつつあるが、実際には、それぞれの年齢で行う、別々の異なった行事であり、3つの子供の行事を、「七五三」と呼んだため、本来の神事の内容が薄れ、同じ行事のように思われている。そのため、現在でも地方によって年齢や祝う内容が異なる。

なるほどねえ。節分の恵方巻き的な香りも存分にするなあ。
もちろん千歳飴も関東由来のお菓子、って事でした。

そんな背景はともかくとしてチビ達は和装を心から楽しんでおりました。
二人とも特にセットしてもらった髪型がお気に入りだったようで、長男は「ワックス」という物を知って「あたまにぬって!」と連呼しておりますが、いやさすがにね保育園に行くのにそれはw

こうして子供達の写真を何気なく撮影してると、たまにびっくりする時があります。
「写真撮るよー」って声かけた時にする顔が変顔としか言い様がないので、こうして何気ない瞬間にバースト撮影するのが昔からのやり方なのです。

ま、もう少しすると写真自体も撮らせてくれなくなるんでしょうけどね(笑)

この行事そのものの由来に乗っかると、男の子は7歳の時は七五三は該当しないので、今回で我が家は七五三は終わり。
次は孫の時、って事ですがその時まで生きながらえているかは神のみぞ知るってこってすわね。

秋晴れの空の下、はじめての小学校運動会に親として参加する

October 01 2017

姫路から帰ってなんやかんやとしてたら寝たのが4時ごろ。
しかし「早起きせにゃならん」というプレッシャーの為か変な夢をずっと見て眠りが浅い。

「そろそろ行くよー」という娘の声に起こされたら朝でした。
さて、運動会といえば自分が子供の頃、一番嫌いな行事でしてね。
なんせデブだったもんですから、徒競走なんて晒し者だったわけですよ。
何かと理由をつけて休みたかった心のベストテン第一位の行事でしたわ。

秋晴れの絶好の運動会日和。自分が子供の頃の記憶とこの辺はあまり違わない。
しかし、参加してみて初めて分かる事もある! それを以下羅列してみるのだ。

ピストルの音が電子音に!

「よーい!・・・・パーン!!」のあのピストル、正式名称はスターターピストルというらしいですがこれが子供の頃とは違い、今はなんと電子式のやつがあるそうで。
確かに火薬を使わなくてよいし、あの「パーン」に身構えなくて良いのだけれどなんか・・・味気ねえ。

しかもそれなりの値段するんやな・・・・
あの「パーン!」の音と共に香る火薬の匂いってのも運動会の醍醐味やと思うんやけどなあ。
このピストル、スピーカーが別にいるようでそれの出力次第って事になるんかね。
今日の音はショボかったです。文字にすると「よーーい!・・・・・・ガ」みたいな。
もう直接、でっかいスピーカーに繋ごうぜ!!よかったらバンドのPA借りてくるよ!

ま、高齢の方が多い当地域。もしかしたらピストルの音自体に苦情が入るのかもしれません。
朝も早速「車をいちいち止めるな」と。いや、これ駐車じゃなく停車ですよ降りるための。
走る車からそのまま直接飛び降りろ、って言う事なんでしょうか。
ピストルもいっその事、十四年式拳銃とかあえて使ってみるとプライベート・ライアン的なリアリティが出て喜ばれたりしないですかね。いやその前に銃刀法違反で捕まっちゃうかな。
年の取り方、ってのはスマートに行きたいもんです。

これがカメラバトルか!パパ達が一眼カメラにハマっていく理由

いざ、競技が始まってみるとですね。やっぱりスマホのデジタルズームじゃどうしようもないですわね。
てことはやっぱりちゃんとした一眼レフとレンズで被写体である子供達を追わんといかんわけです。
親も子も1年生な我が家では「映像だけ残ってりゃいいがー」とビデオカメラをレンタル。
ビデオカメラって行事の時しか使わんし我が家はレンタルが主です。
最新機種の進化も3000円程度で感じれるので、こっちが性に合ってます。

しかし!元々近眼なワシ。あんな小さい液晶ではどれが自分の娘かわからんのですなw
徒競走をまとめて録画して、家に帰ってから見返して「ああ映ってたわよかった」という結果オーライ。

やっぱりちゃんとファインダーを覗ける、っていうのはこういう危ない橋を渡らなくても良い、って事なんですかね。

一眼にハマる、よりも先にコンタクト買ってこい、って話で終わりそうではありますが
やっぱよい三脚ぐらいは持ち込んでおくべきでした。

フリーダム過ぎるBGM選曲。しかしやっぱクラシカルなのも残して欲しいぞ

昼休みに風船飛ばしイベントってのがあったんですが、風船が飛んだ時に流れたのが
1984年ロス公式オリンピックのファンファーレというなかなかマニアックな曲で笑いました。
これを書いたのがあのスター・ウォーズでお馴染みのジョン・ウィリアムズ。

あの時のオリンピック、アメリカのアーティストが各競技毎に楽曲を提供して「ロス公式オリンピックアルバム」をリリースしておりました。
これがちょうどCD化との過渡期で、CDはごく少数しか生産されてなかったのですよ。
ノベルティ的なもんなので今さら再発も難しいでしょうし。

当時、僕はレンタルで借りてこのアルバムはカセットテープで持ってました。
特にジョルジオ・モロダーが提供したトラック競技曲「リーチ・アウト」が好きでして。

このシンセ音、そしてゲートリバーブがかかったスネアがなんとも1984(笑)
しかしこのVHSからリッピングしたようなモンしか残ってないのが残念だなあ。

リレーの時の入場に「We will Rock You」
競技中には「Don’t Stop me Now」
そして退場の際には「We are the Champion」をきっちりサビから流すという、クイーン縛りで楽しませてくれるイカニモな同世代ロックファンな先生がいるな、という事をビシバシ感じました(笑)
他の競技でもB’zやらなにやらJポップな音楽が流れまくるんですが・・・・

やっぱりね、そこはクラシックな選曲も残して欲しいもんです。
大玉転がしにはやっぱり「天国と地獄」じゃないですか。

この8:00以降の後半部分が特に(笑)

特にクラシック曲というのは色んな物をイメージさせるように楽曲が作られているので子供の「教養」を磨く側面もありましょう。

クシコスポストとか

トランペット吹きの休日

ぐらいは残して欲しいなあ、と。
しかしこの「トランペット吹きの休日」って休日の割には吹きまくってますな。

さて、こんな感じで運動会の雰囲気は分かりました。
来年からは対策を練って挑もうかと思いますが、きっと1年経ったら色々忘れてるってオチなんでしょう(笑)

年は取りたくないもんだ。

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