ハナモゲラボ / 試行錯誤の実験人生

日々、PCや各種デバイス、楽器等に翻弄されながら電脳の森をさまよう男の日常と様々な実験をさらりと記しております。

湖畔 ― 寒の戻りに翻弄された爆走900kmの記録 その2

March 24 2019

高速に乗った所でチェーン規制が発生。
行くも出来ず戻るも出来ず。ただただそこに立ち尽くすのみ。
ああ、自然の前には人間はなんて無力なのか。

ふと地図を見るとこの徳光PAはバリバリの日本海沿いだそうで。
真夜中に降りしきる雪。
あんまり知識はないがエンジンかけっぱなし寝てしまうと、マフラーが雪に埋もれたらマズいだろなという事はなんとなくわかる。

なので、ここはエンジンを切って極寒の中で仮眠するしかない。
起きたら車が雪に埋まっていたらどうしようか。
こういう切羽詰まった状況なのに、なぜかさっき見かけた金沢ならではの「8番らーめん」が思い浮かんでしまい、食っときゃよかったかなと後悔。

愛車ヴォクシー、疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ・・・

・・・・・・ふと目覚める午前5時。まだこの世にいた。

雪は途中で雨に変わったらしく、道路はみぞれ状になっている。
チェーン規制・および冬タイヤ規制も解けている。
まずはエンジンを掛けて冷えた身体を温めなければならぬ。

南条SAまで走ってここでなんぞ食おうと思いきや、フードコートに良さげなのがない。
ここのイチオシはスボルガライスというものらしい。

朝イチからカツはちょっと・・・なあ。なんぞ温かいものを食べたいし。
と、ここのSAにはファミリーマートがあったので、ここでカップうどんを食べる事にする。
頭に浮かんでいたのはあさま山荘事件で機動隊が食べていたカップヌードル

雪の中で食べるカップ麺はやっぱりあのイメージ・・・というか写真でしか知らんのですが。

腹も膨れると若干気が大きくなったのか、この南条SAでなぜか高速を降りる事を決断。

ここから国道476号線を経て敦賀まで抜ければ、国道8号線経由で琵琶湖まで抜けれるだろう、と。

しかし、この判断が逆に一番の危機を招く事になる(笑)
なぜそのまま高速に乗ったままにしなかったのかが今考えても全くわからない。

476号線は川沿いをゆったりと走る国道。雪景色がこの世の物とは思えんぐらい綺麗だった。
しかし、どんどん周りは山道になっていき、途中の国道365号線の分岐は雪の為に通行止め。
ここから国道8号線のバイパスに合流するまでは停車して写真を撮影する余裕もなし。
一度停車してしまうと、そこから2度と走れなくなってしまいそうだった為である(笑)

8号線まで来るとさすがに主要国道。
普通の感覚で走れるようになってました。
あとは琵琶湖までたどり着けたらもう雪の脅威とはおさらばである。

滋賀県長浜市にあるセブン‐イレブン 西浅井塩津店に到着してようやく休憩。
ああ、もうここまで来ればあとは知った道である。

琵琶湖も西側のマキノを通るルートだと雪でヤバそうだったので、東側のルートを走る。
湖沿いを走って近江八幡あたりまで来た時に運転を嫁さんに代わってもらった。

・・・起きたら家に到着しておりました。

琵琶湖大橋を渡って湖西道路~京都東から名神というルートを選んだそうな。

それにしてもノーマルタイヤでチェーンもなし、という装備でよくも無事故で帰ってこれたもんだ。
なんせ、翌日は車がないとジョニーエンジェル京都までウッドベースを運べないからなあ・・

そして子供らを迎えに行かなければならないので、再度白馬村には行かなければならんのです。
もう4月なんで大丈夫やろう、と思っていたらスキー客はゴールデンウィークまで来るよとの事。
山ってすげえわ・・・・

一応その時にはチェーンぐらいは積んでおかなければな、と思った次第です。

例の如く、爆走珍道中をGoogleマップにて添付。
青は行き道、赤は帰り道。

雪道 ― 寒の戻りに翻弄された爆走900kmの記録 その1

March 23 2019

子供達は春休みに突入。
長野県は白馬村でペンションを営んでいる義兄の所へ遊びに行く事になりました。
ただし親は仕事があるために大阪に戻る、という条件。

「週末は寒の戻りが激しい」と聞いていたものの行き道は良い天気。
大津SAでまずは琵琶湖を眺めたり。

安曇野ICで降りると周りの山はまだまだ雪景色。
中学の修学旅行以来になる日本アルプスの山を眺めながら「これは今日泊まると帰れない」かもという不安がよぎる。

18時頃「ペンション・ヴィヴァルディ」に到着。

めちゃめちゃ冬ですやん・・・・

ここまでノーマルタイヤ、そしてチェーンを持たずに来ているナメた態度の大阪人。
これは今夜の間にせめて福井県あたりまで出ておかないとマズい予感がする。

義兄、義母そして本日東京から泊まりに来ていた遠い親戚のカップルを交えての食事。
和気藹々と食事は進み、21:30頃にはもう帰る用意を始める。
きっと今日、ここで寝てしまうと明日は積雪で身動きが取れなくなると確信したからである。

行き道とは違って日本海側の糸魚川市に出て、国道8号線をひたすらひた走って滋賀県長浜市まで出れば帰れるだろうという憶測。
Googleマップの予測は8時間前後で大阪に戻れると出ている。

子供達に手を振っていざ出発。
すでに車外温度計は気温1℃。雪はまだ降り出していないもののこれはヤバい。
雪解け水がごうごう流れる国道をビビリながら車を走らせる。

糸魚川市から8号線へ。
ここは海沿いを走るルートみたいだけど夜中なので真っ暗でなにも見えず。
そして意外に道が細くて峠道の様でなかなか気疲れが。

途中のコンビニで初めての休憩。
この22時半時点で雪は降ってなかったので、自分が運転出来る時間はあと午前2時頃であろうと仮定する。
どっか忘れましたが8号線の道の駅に目的地を再設定して再度運転開始。

ところが富山県高岡市あたりでいきなりの豪雪に。
大阪ではまず見かけない雪の量にビビリながらも車をゆーっくりと慎重に走らせる。

金沢市に入った辺りで「これはもう高速に乗ってしまった方が良いかも」と判断。
金沢東ICから高速に乗ったものの、雪は完全に積もりだした状態でこれ以上は無理・・・・

なんとか徳光PAまでたどり着いたのが午前1時半。

これはノーマルタイヤのチェーンなしでは絶対に無理ですわね・・・
道路情報によるとここから敦賀までは冬用タイヤ規制。
ここで朝を待って雪が溶けるのを待つしかありませんわな・・・・

祈るような気持ち、そして不安を抱えて眠る事にしました。

続きはまた後日。

赤黒 ― 長男のランドセルをようやく購入、そしてランドセル今昔物語

March 21 2019

自分が子供の頃のランドセルのカラーと言えば赤と黒、しかなかったような気がする。
それ以外のカラーを誰かが持っていたという記憶はないんですな。
ランドセルという物に興味もなかったし、アレは「与えられる物」としてのイメージしかなかった。
気がつけばそこにあったし、それの色について「これは嫌だ」などと思うこともありませんでした。
小学校4年ぐらいからは運搬機能プラス「投擲武器」としての機能を持ち出した事もあり、結局6年間使えずに途中からは肩下げカバンになっておりました。

ところが昨今はそれこそどんな色や形でもあるんちゃうか、と思うぐらいのバリエーション。
色々と検索してみると2001年にイオンがトップバリュブランドで24色展開を始めたのがきっかけらしい。
「LIRICO」というメーカーは毎年、子供心というより「オトナコドモ心」をくすぐるラインナップを展開している。
女の子向けのやつがとてもオシャレなのですよ。
https://www.lirico.co.jp/

この中の「BASE CAMP TypeーF」というモデルがまたシブいのよ。

この抜き文字は別になくてもいいかと思うんだが、このグリーン、そして半カブセのデザインがなんとも量産型ザク。

これを昨年の春頃に見た時、長男に「これどうや」って言うたが即拒否w
まあ、5歳から見たらそら何がええんかさっぱりわかりませんやね(笑)

そもそもじゃあ君はどんなんが欲しいねん、と問うたら「普通の形で真っ青!」との事。
お、ランバ・ラルのパーソナルカラーやね、ザクとは違うのだよザクとは。

いや、そうじゃない。

まだまだ成長期。急に好みも変わるかもしれない。
その時にヨシと思ってても、いざ入学の時になったら「これはなんか嫌だ」となるかもしれん。
うちの小学校はきっちり6年間、ランドセルを使わなければならないという決まりらしい。
5年ぐらいになって「真っ青」というのもなんかなあ・・・・
プリキュア好きだった過去もあるし「ピンクがいい!!」と言い出さんかっただけまだええんやけども。

自分の時はただ単に「与えられるモン」としての認識だったランドセルが今や「家族で選ぶ物」になっているんやなと改めて価値観の変化に驚く。

なので、ここはギリギリまで待つ事にしました。
周りの保護者友達からは「まだ買ってへんの???小学校行けるん?」的な事を言われまくりでしたがあえて待つ。

そして、本日。
改めて息子を連れてランドセル売り場へ。
さあ、お前は何を選ぶ?

「これ」と選んだのは漆黒のブラックカラーでした。
黒地で青のバインディングが入ったちょっとカッコイイのもあったけどそれはなんか違うそうで。
いいね。ジェット・ストリーム・アタックの黒い三連星カラーだ(違
6年保障もきっちり付いてる国産のクラリーノ製で、めちゃめちゃ軽いモデルを購入しました。

最近は中国生産の10000円ぐらいのヤツがあるので、色が嫌になったり壊れたりしたらそういうのを買い換えていく、という選択肢もあったりしますわね。
自分は6年生の頃にはもうランドセルを背負ってなかったので、その時どんな気持ちだったかを伝える事が出来ない。
でも、当時の自分だと黒にしとってよかったな、と思うやろし今回の長男のチョイスに心で拍手を送りました。

そういえば長女の時(長女は薄い紫をチョイス)はどれぐらい悩んだんやろか、とこのブログを「ランドセル」で検索してみましたが、ヒットするのはガンプラを作ってた記事ばかり(笑)
子供の親としてはクソとしか言い様がないこのブログ内容だったというオチでございます。

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